第2話

「ど、どうしよう。閉じ込められちゃった」

「だいじょうぶだよ、かばんちゃん」


 不安がるかばんに、サーバルは自信ありげに頷く。


「きっとどこかに、出口があるから」


 おそらく、根拠などないのだろう。


「さあ、元気をだして。中に入るよ、おー!」

「お、おー」


 門の先は中庭のような小さな空間だった。足元の石畳は荒れ放題で、割れ目や隙間から雑草が生え放題である。

 正面には壊れかけた両開きの扉があって、片方だけが傾いていた。


「こ、こんにちはー」


 おそるおそるといった様子で、かばんが中の様子を覗き込む。

 扉の先は薄暗い通路だった。

 ひんやりとした風が流れ出てくる。


「すいません。どなたか、いらっしゃいますか?」

「まっもの、まっもの♪ 出てこい、まっもの!」

「サーバルちゃん。声が大きいよぅ」


 ほとんどピクニック気分で、サーバルがずんずん進んでいく。

 魔物が何であるかも分かっていないのだろう。

 通路の途中で、ボスが立ち止まった。

 

「ここで、準備をするヨ」


 通路には一枚の壁画があった。

 頑丈そうな鎧を着た人物が、二本の角と翼を生やしたおどろおどろしい何者かと向かい合っている絵が掘り込まれている。


「わあ、強そう!」


 サーバルが目を丸くした。


「これなに? なにこれ? なんていうケモノ?」

「ラッキーさん、分かりますか?」

「これは、魔王サタンだヨ」

「まおさんた?」

「魔王サタンは、元々はルシファーという名の、神に仕える天使だっったんダ。十二枚の翼を持った美しい大天使長だったともいわれるネ。でもある時、ルシファーは神に反旗を翻して、大天使ミカエルと戦ったんダ。戦いに敗れたルシファーは、地獄に落とされて、魔王サタンになった。このアトラクションでは、サタンにさらわれたお姫様を助けるという設定だネ」

「かばんちゃん」


 サーバルがにっこりと笑った。


「わかりやすくまとめて、ひと言で教えてくれる?」

「ごめん。ボクも、わかんないや」


 ボスの胸の辺りが光って、壁画が音もなく、左右に分かれた。

 その先に現れたのは小さな小部屋。

 少し遅れて、天井に明かりがつく。


『ようこそ、勇者様。ここは“旅立ちの間”です。自分に合った武器と防具を装備しましょう。使い方については、係員の指示に従ってくださいね』


 どこからともなく、あの声が聞こえてきた。


「さあ、かばん。“VRバイザー”と“ライトセイバー”を身に着けて」


 ボスが示した場所には戸棚があり、不思議な“輪っか”と“棒”が置いてあった。

 輪っか――VRバイザーとやらは顔につけるものらしい。

 ボスに教えてもらいながら、かばんはバイザーを身に着けた。

 半透明の帯が、ちょうど目の辺りにくる形だ。

 

「うー。うまくできないよぅ」

「サーバルちゃん。輪っかの端っこを、耳にかけるみたいだよ」

「こう?」


 サーバルはバイザーを空中に放り投げると、その中に大きな耳をくぐらせた。


「できたー!」

「なんか、違うような気が……」


 サーバルには顔の横と頭の天辺に耳がある。

 果たして、どちらが本物なのだろうか。

 結局かばんが手伝って、サーバルも何とかバイザーを身に着けることができた。

 棒――ライトセイバーは腕くらいの長さで、驚くほど軽い。

 不思議な素材でできているようだ。

 これで叩いても、まったく痛くないだろう。


「準備はできたかナ。じゃあ、はじめるヨ」


 ボスの合図とともに、バイザーがブンと音を立てて、視界が明るくなった。

 そして、きらきらと光の帯を引きながら、奇妙な生き物が入り込んできた。

 小さな子供の姿で、背中に透明な羽が生えている。


『はじめまして。あたしは妖精の“ガイドベル”なの。よろしくなの!』

「よ、よろしくお願いします」


 反射的に、かばんは頭を下げた。

 隣を見ると、サーバルが「よろしくね!」と、右手を構えていた。


『まずは、あなたが変身するフレンズを決めるの。この子はどう? たぬきのフレンズ。おどおどしたあなたにぴったりなの!』


 ガイドベルの隣に、ひとりのフレンズが出現した。

 丸い耳と、しましまのしっぽ。色はピンクと黒だ。

 目の前に現れた少女はにこりと笑って、両手を振った。


『この子でいいかしら?』


 ガイドベルが聞いてくる。


「あ、はい」

『では、握手するの』


 言われるがままに手を差し出す。手と手が触れ合った瞬間、たぬきのフレンズは消えてしまった。


「あれ?」

『次に、手に持っているライトセイバーを見るの』


 棒が、うっすらと光を放っている。


『その剣で、魔物たちをいっぱい倒すの。でも、危ないから、仲間に当てちゃだめなの。分かった?』

「は、はい」

「やだ、もっと強そうなのがいい。やだやだー」


 隣のサーバルが、駄々をこねているようだ。


『さあ、準備は整ったの。お姫様が大広間で待っているから、さっさと行くの』


 そう言うと、ガイドベルは光の粒とともに消えてしまった。

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