【第4.5話】れいくきゃっそー

箸拾稿

第1話

 “バイパス”と呼ばれているらしい真っ暗な道を抜けると、そこは砂漠地方の端っこだった。

 アーチ状のゲートをバスでくぐり抜ける。

 気候と植生、そして周囲の景色が一気に変わった。

 温暖で、適度な湿度があるようだ。


「やっと、からからじゃなくなったねー」


 サーバルが活き活きと目を輝かせた。

 乾燥した大地は問題ないのだが、木陰がまったくないのでは、身体がまいってしまう。


「うん。風が、気持ちいいねー」


 かばんもほっと息をつく。

 草と土の大地、そして樹木の緑を見ていると、心が落ち着く。自分がどのようなフレンズなのかは分からないが、少なくとも砂漠を好む動物ではなさそうだ。

 快適な旅になるであろう予感は、しかしすぐに崩れた。

 何の前触れもなく、バスが停止したのである。


「どうしたの、ボス?」

「……」


 サーバルの問いかけに、ラッキービーストのボスは無反応。


「ラッキーさん、障害物か何かですか?」


 かばんが問いかけると、くるりと振り返った。


「電池の残量が。このままだと、目的地までもたないヨ」

「ええ?」

「砂の砂漠では、かなりパワーを使ったし、バイパスではずっとライトをつけていたからネ。それに、計算よりも電池の消耗が激しいみたいダ。これは、部品の劣化によるものだろうネ」

「どういうこと、かばんちゃん?」


 サーバルがかばんに聞く。

 ボスの言っていることは難しくて、よく分からないことが多い。


「電池が少なくなって、またいっぱいにしないとだめみたい」

「え? じゃあまた、“かふぇ”に行くの? まあ、“こうちゃ”が飲めるから、いっかぁ」


 のん気なサーバルに、かばんが説明した。

 高原までバスの電池がもたないかもしれない。それに、カフェの屋根で充電して再出発したとしても、この辺りでまた同じ状況になるはずだ。


「ラッキーさん、近くに充電できるところはありますか?」

「あるヨ。一番近いのは、“レイクキャッスル”だネ」

「れいくきゃっするって、あのれいくきゃっする?」

「サーバルちゃん、知ってるの?」

「うん、噂で聞いたことがあるよ。湖の中にあるとぉーっても大きなお城で、“ざいほう”が隠されてるんだって」

「ざいほう?」

「うん、すごいでしょ!」

「その、ざいほうって、なに?」


 サーバルはにこりと笑った。


「えへへぇ」


 知らないようである。

 ボスが提案した。


「このままだと、いずれバスは動かなくなるヨ。レイクキャッスルでの再充電をおすすめするネ」

「いこうよ、かばんちゃん!」


 サーバルはいつも元気で前向きだ。そのせいで失敗することも多いが、かばんはずいぶん助けられてきたと思っている。


「うんそうだね。じゃあラッキーさん、お願いします」

「わかった。レイクキャッスルにはアトラクションもあるから、ついでに楽しんでくるといいかもネ」

「あとらくしょん? って、あの迷路ってやつだね。たぁのしみー!」


 ツチノコと出会った場所だ。

 セルリアンに追いかけられて怖い思いもしたはずなのに、サーバルはめげない。楽しいことしか覚えていないだけなのかもしれないが。


「よーし、ボス。れいくきゃっするに、ごー!」

「……」


 相変わらず、ボスは無反応だった。





 森の木々がとぎれると、美しい湖が見えた。

 湖の中心部には、ぽっかりと浮かぶ島。

 そこに、白亜はくあの城があった。

 全体的に、形は四角く、色は白い。ただ、いくつかの屋根は三角形で、赤茶けた色をしている。

 湖岸から城へは石造りの橋がかけられていて、唯一の出入り口になっているようだ。

 橋の長さは、とても長い。


「あ、見て見て、かばんちゃん。お城の屋根の上、黒い板があるよ! きっとあそこだね」


 カフェの屋根にあったものと同じ板である。


「え? サーバルちゃん、どこ?」

「ほら、右のほう。いち、にー……えーと。みっつある窓の、向こう」

「え〜」


 見晴らしのよいサバンナ地方で獲物を追うサーバルの視力は、並ではない。

 もっとも、おおよその位置が分かったとしても、中が迷路のようになっていると、まっすぐたどり着くことはできないだろうが。

 無駄な消耗を抑えるかのように、バスはのろのろと橋を渡っていく。

 入口の門まできたところで停止した。


「電池キットを排出するネ」


 ボスの胸のマークが、ピコピコと鳴る。

 ぷしゅうと空気が抜けるような音がして、バスの前面から電池が飛び出してきた。

 かばんが自分の鞄に、空になった電池を詰め込む。

 サーバルはバスの“頭”の上に乗って、城を見上げた。


「うわー、すごーい」


 これだけ巨大な建造物は初めてだ。

 近くで見ると、石壁は薄汚れ、ひび割れており、つた植物が生い茂っていた。


「うみゃ?」


 あの蔦を登っていけば、屋根まで登れるのではないか。

 そう考えたサーバルは、バスの“頭”から蔦に飛び移った。


「あ、サーバルちゃん! 入口は、こっち……」


 高いところが、サーバルは大好きだ。

 それは、本能的な行為。


「みゃみゃみゃみゃみゃっ!」


 半分も登らないうちに、蔦がちぎれる。


「サ、サーバルちゃん!」

「わー、落ちてるー」


 サーバルは真っ逆さまに落下して、バスの頭でワンバウンド。

 そのままえぐい角度で橋の上に激突した。






「……あー、びっくりした。まさか、途中で蔦が切れるなんて」


 むくりと起き上がったサーバルを見て、かばんはくすくすと笑った。


「サーバルちゃん、高原でもそんなこと言ってなかった? あぶないよー」

「えへへ」


 かばんの中では、フレンズたちはとても頑丈で、バスにひかれたり崖から落ちたくらいでは問題ないことになっている。


「ちゃんと、入口から入ろうよ」

「そうだね。あとらくしょん、だもんね!」


 気を取り直して、出発である。 

 先頭はボス。かばんとサーバルが並んで続く。

 見上げるほどの門をくぐり抜けた瞬間、ガラガラガラという音とともに、鉄格子の柵が下りてきた。

 かばんとサーバルが振り返ったが、ぼうぜんと見守ってしまう。

 ――ザン。

 二人と一体は閉じ込められてしまった。


『……ようこそ、レイクキャッスルへ。ここは西洋のお城です。こわーい魔物たちが住みついています。でも、みなさんは恐れたりしませんよね? 勇敢なフレンズの勇者となって、魔物たちを倒しましょう!』


 どこかで聞いたような声が、どこからともなく鳴り響いた。

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