第30話 おおさわぎ
《『しらゆり刑務所』一階・廊下》
お外への道のり、その第一歩。
扉が開いて最初に見えるは、相も変らぬ殺風景な廊下である。
ここを100メートルほど真っ直ぐに進むと、二階へ続く螺旋階段に突き当たり、あたしたちの刑務所ライフは繰り返される。
もちろんそれが、あたしたち『受刑者』が進むべき、本来のルートである。
だけど今回は違います。
あたしとなのらちゃんとエリカ先輩の三人は、廊下の中間にあるT字路を右に曲がり、まっすぐ進んでお外を目指します。
そう。
この道こそ、本来のあたしたちが進むべき、真のルートなのである!
『いっち、に! さん、し! ごお、ろく! しっちはっち!』
まっぷたつに開かれた食堂の扉を抜け、行進を続けるあたしたち。
右手の前方――T字路の手前には、正門のスイッチを有する『看守室』がひっそりと構えている。
騒ぎを起こすタイミングなどまったく話し合ってはいないが、仕掛けるならばあそこらへんがベストであろう。
だって、あの曲がり角の先こそが、お外へと続く道なのだから。
『いっち、に! さん、し! ごお、ろく! しっちはっち!』
先頭の女の子がT字路に差し掛かる――。
列全体が『看守室』の真横に並んだ、そのときだった。
『アアアアアアアアアアアアアアッーーーーーー! アアアアアアアアアアアアアアアアアアッーーーーーー! アアアアアアアアアアアアアアッーーーーーー!』
廊下の奥、螺旋階段の向こうから、お猿さんみたいな雄叫びがこちらへ轟いた。
姿こそ見えないが、この甲高い声は杏里ちゃんだ。
叫び声と同時に、どたどたと騒がしい足音も聞こえる。
「何事だッ!?」
列の先頭にいる看守さんが、持ち場を離れて廊下を走りだした。
腰から警棒を引き抜き、螺旋階段のほうへと向かう。
「緊急事態ッー! 緊急事態ッー!」
列の横に就いていた看守さんたちも、慌ててその背中に続いていく。
「行進中止ッー! 行進中止ッー!」
あたしの後ろにいた有亜堂刑務官も、警棒を抜きながら列を横切っている。
「フフ……いよいよ始まったな」
前にいるエリカ先輩が、にやけたお顔をあたしに見せた。
上階にいた杏理ちゃんが、作戦通りに行動を起こしてくれたのだ。
おかげさまで、あたしたちの周りの警備は手薄となった。
列を見張っていた20人の看守さんのうち、15人ほどが叫び声のほうへと駆けている。
ふと見渡せば、あたしたちの周りに残った看守さんの数は、たったの5人――。
『行進中止ッーーーー! 全員止まれっーーーー!』
列の真ん前、T字路の中央に飛び出した看守のお姉さんが、こちらを向いて警棒をお胸に構えた。
『前方で緊急事態が発生した! よってきさまらは、事態が収まるまでこの場所で待機とする! 全員足を止め、その場で「きをつけ」をおこなえ!!!!』
看守のお姉さんが、切迫した表情であたしたちに指示を飛ばす。
それを受けた先頭の子たちが足を止め、あたしたちの行進はぴたりと収まった。
しかし、その後の指示である『きをつけ』をおこなう素振りは、一切見られない――
「うわあっー! お腹がいたいなあー!」
列を外れた犬山さんが、わざとらしく倒れ込んだ。
『急にどうした!? 受刑番号9番!』
「きゃあ~!」
さらにそれに続き、猫川さんがわけもなく右側にずれた。
『何ィ!?』
「いや~ん!」
鳥井さんは左に逸れた。
「あ~ん!」
松野さんが、前触れもなく尻もちをついた。
『おい!? 何をやっているんだきさまら!?』
「きゃああああああっ!」
知らない女の子が、いきなり叫んだ。
「あーん! あーん!」
背の低い女の子が、突然飛び跳ねた。
「うええええええん!」
審判の女の子が、おもむろに泣き始めた。
「あんっ! ああんっ! あああんっ!」
「やんっ! いやんっ! いやああん!」
誰かと誰かが、どさくさに紛れて抱き合っている。
――ドンッ!
愛美ちゃんが、近くの看守さんに壁ドンをおこなった。
「わあああああああああっ!」
すごく大人しそうな女の子が、とにかく騒いだ。
(み、みんな……!)
前にいるみんなが一斉に騒ぎ出し、列を大きく乱している。
大人しく立ち続けている者は、誰一人と見られない。
なんと受刑者の全員が、あたしたちの「だつごく」に協力してくれたのである。
『こらああああっーーーー! 隊列を乱すなあっーーーー!』
『きをつけえええええええっ! まえならええええええっ!』
看守さんたちが大声を上げるが、すぐにあたしたちの喧騒にかき消されていく。その数たったの5人では、あたしたち47人を抑え込むことはできない――。
『なにやってんだきさまらあああああっーーーー!!!!』
やがて、真横にある看守室のドアが、「がらっ」と開いた。
『大人しくしていろっーーーーーー!!!!』
『もじもじするなあああああああっ!!!!』
数名の増援が騒ぎに加わる。
「きゃあああああああああああああああああああああっ!?」
ドアの付近にいた女の子たちが、四方八方に散らばる。
『こらああああああっーーーー!』「きゃああああああっーーーー!」
廊下のあちこちで、取っ組み合いが始まった。
『騒ぐんじゃない! 大人しくしていろ!』「あーん! あーん!」
『きをつけっ! きをつけっ!』「さわるなあっ! やめろおっ!」
『もじもじするな! こっちへこい!』「もじもじしてないもん! 髪の毛を引っ張るな!」
そこかしこに悲鳴が飛び交う。
もはや一帯は満員電車状態だ。
「よし、今だっ!」
その隙を付き、犬山さんが立ち上がった。
「みんなあー! 私の背中に続けえー!」
看守室の入口に向かってタックルを仕掛けている。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
犬山さんの身体を糧に、大勢の女の子が看守室へと押し掛ける――。
『やめろおおおおおおおおおおっ!』
看守さんたちが必死にみんなを抑え込むが、対応が間に合っていない――。
――ドンッ! ――ドンッ! ――ドンッ!
「ウフフフフ」
壁ドンを連発する愛美ちゃんが、看守さんたちの隙間を縫って室内へと入り込んでいく――
「正門のシャッターはわたくしにお任せあれ。あなたがたは、わたくしたちを信じて玄関へ向かうのです」
愛美ちゃんは言いながら、余裕たっぷりでこちらに手を振った。
「よし! 行くぞ二人とも!」
「はいっ!」「なのらっ!」
そしてあたしたち三人は、勢いよく前へと走り出した。
廊下の大渋滞をすり抜け、曲がり角のあるT字路へと向かう――
騒ぎを起こしてくれたみんなに、感謝の気持ちを込めながら。
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