第31話 あたしVSお姉さん

(はっ、はっ、はっ)

 中間にある曲がり角を目指し、廊下を走るあたしたち。

 エリカ先輩が先を行き、なのらちゃんが背中に続く。

 騒ぎを起こすみんなの顔と、すれ違いながら前へと進む。


『アア~! アアアア~!』

 前から響く大声につられて廊下の奥を見渡すと、螺旋階段の上方に杏里ちゃんの姿が見えた。

 他にも大勢の人たちが階段内でごっちゃになっている。

『だあああああああああああっ!! 離せええええええええっ!!』

 杏里ちゃんは、数十人の看守さんたちに抑え込まれながらも、無理やりこちらへ来ようとしている――。


(はっ、はっ、はっ)

 あたしたちは足を速めた。

 杏里ちゃんが看守さんたちを引き付けてくれているあいだに、早く出口へと向かわなければ――。


「こらああああああっ!! 何をやっているんだきさまらああああ!?」


(お姉さん……!)

 渋滞を抜けて廊下の中間地点に躍り出たあたしたちの前に、看守のお姉さん――有亜堂刑務官が立ちはだかった。

 お姉さんは、T字路の手前で警棒を構え、鬼の形相であたしたちの行く道を塞いでいる。

「ここは絶対に通さんぞ!!!!」


「頼む! そこをどいてくれないか!」

 先頭を走るエリカ先輩が、お姉さんと壁の隙間へ突っ込んだ。


「なのらああああああっーーーー!」

 なのらちゃんも前へ飛び出し、身体を丸めて体当たりを仕掛けていく。


「ふざけるなあああああっ!!!!」

 お姉さんは警棒をぶんぶんと振り回し、二人の勢いを跳ね退ける。


「うわあっー!?」

「なのらあっー!?」

 二人はぶわりと押し返され、あたしの前で尻もちをついてしまった。


「受刑番号49番!」

 足を止めたあたしに、お姉さんは言った。

「きさま、自分が一体何をしているのかわかっているのか!?」


「わかっています……!」

 あたしは、尻もちをつく二人のあいだを跨ぎ、じわりと距離を詰めた。

 行く手を阻む有亜堂刑務官を突破しなければ、あたしたちに道はない。

「早川……!」「素真穂ちゃん……!」


「ほう……」

 好戦的なあたしの態度に、お姉さんは感心の表情をちらりと見せた。


 だって以前のあたしなら、「ひいいいっ!?」とか言いながら、壁のほうに逃げていただろう。

 だけどあたしはここに来て、みんなに出会って、強くなった。

 怖いものに立ち向かっていく勇気を、あたしは身に着けたのだ。


「ならばかかってくるがいい! 力づくできさまを止めてやる!」


 お姉さんは警棒を構え、迎撃態勢を整えた。

 このあたしとる気満々だ。


「はいっ! いきますっ! 覚悟してくださいっ!」

 

 あたしも、丸めた両手をお胸の前に構え、じっとしてお姉さんと見つめ合った。


「…………」


「――――」


「…………」


「――――」


「…………」


「――――」


(もじもじ)


「――――?」


 たしかに、あたしは強くなった。

 だけどそれは、飽くまでも精神面の話である。

 あたしが肉体的に強くなったわけではない。

 たった一日刑務所で過ごしましたってだけで、所詮は16歳の少女の身体のままだ。

 もともと「2」だった体育の成績が、「5」になったわけでもない。

 あたしの物理的な戦闘力は、か弱い文学少女のままなのだ。


「どうした49番!? かかってこないのか!?」


 対するお姉さんは、厳しい公務員試験を突破してきた『刑務官』だ。

 その試験には体力テストだってあったはずだ。

 柔道・剣道・合気道――武術のひとつくらいは、きっと極めているだろう。

 武器だって持っているし、お顔も凛々しいし、背恰好も、あたしより15センチくらいは高い。

 ここであたしが立ち向かっていっても、おそらく結果は見えている。


「…………」


 あたしは暴力が嫌いだ。

 こんな状況であろうとも、あたしが暴力を振るうことなんかできない。

 それは、あたし自身が一番よくわかっている。

 戦うことを諦めているわけではない。目の前のお姉さんから逃げているわけでもない。

 あたしたち三人がどうすればこの先に進めるか、思いつかないだけなのだ。


(くうっ……)

 あたしは構えていた両手を下ろし、悔しみを噛みしめた。

 ここまでやっておいて、結局あたしは、もじもじすることしかできないのか?

 

「受刑番号49番ッ!! きさまを確保するッ!!」

 

 しびれを切らしたお姉さんが、あたしに飛び掛かってきた。

 迫り来るお姉さんのお顔が、どんどん大きくなっていく――

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