第26話 絡まる糸~禁じられていない恋~

「デートですって? あなた本気ですの?」

 手を進めていた愛美ちゃんが、その気を取られてこちらを向いた。

 それもそのはず、エリカ先輩が突然「好きだ」と言い出したのだ。


「もちろんさ」

 演技なのか本心なのか、エリカ先輩は言葉を紡いだ。

「私はキミと、街へ出てデートがしたいんだ」



 ――ドキン。


 言われているのは、あたしではない――そう分かってはいながらも、あたしは密かに胸を鳴らした。

 だめだよ素真穂。今のあたしが鳴らすべきは、胸の鼓動なんかじゃない。

 今のあたしがやるべきは、目の前にあるパンティを縫うこと。


 ――ダダダダダダ、ダダダダダダ……。


 二人のあいだに挟まれながら、背中を丸めてミシンを鳴らす。

 音のカモフラージュ。二人の会話が、周囲に漏れないように。

 あたしたちの企みが、看守さんたちにばれないように。

 そう、それが今のあたしにできる唯一のお手伝い――やるべきお仕事なのだ。


「な……の……ら……」

 ふたつ右隣にいるなのらちゃんにとっても、それは同様なのだ。

 だめだよなのらちゃん。今は、物欲しげに先輩を見つめている時間じゃない。

 お願いだから、咥えかけているその指を、お手元のパンティに戻して。

「あ……素真穂ちゃん……う……」


 ――ダダダ、ダダダ……。


 あたしが瞳でサインを送ると、なのらちゃんはどうしようもなく作業に戻った。

 ごめんねなのらちゃん。でも今は我慢のとき――ここで騒いではまずいのだ。

 今のあたしたちがやるべきは、愛美ちゃんとエリカ先輩、二人だけの空間を作ること――。

 

 

 ――タン、タン、タン、タン……。


「ウフフフフ」

 左隣にいる愛美ちゃんも、また淡々とミシンの針を動かし始めた。

 告白されることに慣れているのか、その顔に動揺は見られない。

 むしろ笑っている。まるで勝ち誇ったかのように。

「ご覧の通り、わたくしは女性ですのよ? それでもよろしくて?」


「かまわないさ。ヒトの魅力に性別は関係ない」

 エリカ先輩は即答した。

 その態度にぶれは見られない。


「あらまあ。お上手」

 愛実ちゃんはあしらいながら、手元のパンティに返し縫いをおこなう。

「でもあなたわかっているのかしら? 女性同士の恋愛は、外の世界では数奇な運命に見舞われますことよ」


「…………」

 黙り込む先輩。


「けれどもこの『しらゆり刑務所』は、女性オンリーの秘密の花園。この刑務所の中にいたままのほうが、あなたにとっては都合がよろしいのではないかしら?」


「そんなの関係ないさ」

 言われた先輩が、真剣な眼差しで切り返す。


「女性同士の恋愛は、現行の法律では禁止されていない」



「……!」


「私たちが外の世界でいちゃいちゃしようとも、それをとがめられる理由はどこにもないはずだ」


 やがてエリカ先輩は、まるで自分に言い聞かせるかの如く言葉を重ねた。


「たしかに、私が自首するに至った根本の理由も、女の子同士のそれがいけないことだと思ったからだ」


「でも私は、ここに来て気付いたんだ。お互いの気持ちが通い合えば、女の子同士の恋愛は自由だって」


(エリカ先輩……)


「だけど、刑務所内での恋愛行為は言うまでもなく御法度――私たち受刑者間はもちろん、受刑者と看守のそれなんて当然許されない。隔離処分か何かで無残に引き裂かれるのがオチだ。現にキミの前任も、そうなってしまったのだろう?」


「…………」

 黙り込む愛美ちゃん。


 力強い声で、エリカ先輩は言った。

「刑務所の中に自由はない。一緒にここを抜け出そう」



 ――タタタタタ……タタタタタ……。


 先輩のアプローチが効いたのか、愛美ちゃんはミシンの音を早めている。

 だけど、紡ぎ出される言葉は、未だに否定的だった。

「お断りしますわ。デートやプレゼントの類いは、すべて所内でお受けします」

 力強い声で、愛美ちゃんは加える。

「ここを抜け出す必要はありません。わたくしは、どこにいても自由ですもの」


「いいや。キミは嘘をついている」

 エリカ先輩は否定した。


「えっ?」

 愛美ちゃんのお顔が強張る。

「う、嘘なんかついてないわ」


「いいや。キミは苦しみを抱えている。私には、わかるよ――」


 言葉だけでは飽き足らず、エリカ先輩がついに身を乗り出した。

(ぐえ……)

 ミシンに向かって前かがみをしているあたしの背中をつたい、愛美ちゃんとの距離をゆっくりと詰めていく。


 対する愛美ちゃんは、強く拒んだ。


「一月前に入所したばかりのあなたに、わたくしの何がわかるというの!?」


 ――がたっ。


「ええい黙れ! 私の瞳を見ろ!」


 ――ダダンッ。


「な……?」

 身を乗り出した先輩が、作業中の腕を掴んだ。

 愛美ちゃんは前を向いたまま、瞬きせずに表情を固める。

「くう……!」

 それでも愛美ちゃんは目を合わさず、ミシンを進める手を緩めない。


 ――ダダダダダダッ!


 エリカ先輩は迫った。

「キミは、刑務所にいる現状から目を逸らし、自分に暗示をかけているだけなんじゃないのか!?」


「う……!」


しんに刑務所に囚われているのは、キミの心そのものなんじゃないのか!?」


「ああっ!?」


 ――ダラララランッ!


 愛美ちゃんが手元を狂わせた。

 ミシンの上で、縫いかけのパンティが踊り出す。


「蝶野愛美、現実から逃げるな! そして、私からも目を逸らすな!」


「ほ、北条院さん……!」


 二人の距離が、ぐぐっと近付く。


「キミのことが好きだ! 私と一緒に来てくれないか?」



 ――ズダッダッダダッダッダッダダダダッダンダンダン!


 ――ダダダダッ! ダダッ! ダンダンダダッダン!


 あいだに挟まれた早川素真穂あたしは、激しくミシンを打ち鳴らした。

 ここで二人が結ばれれば、「だつごく」の成功率は大きく上がる。


 でも、この気持ちは一体なに?

 自分に生まれた感情が、嫉妬かどうかもわからない。



 ――ガタガタガタッ! ウィイイイインッ!


「な、なのらっ……」


 ――ガタッ! ダダダッ! ダララランッ!


「あっ、なのらら……!」


 あたしを襲った現象は、なのらちゃんにも同様であった。

 真横で巻き起こる先輩の告白劇に、激しく手元を狂わせている。

 それが自分に向けられたものではないことに、どうすればいいのかわからなくなってしまっている。

 机の上は雁字搦め――もはやパンティなどろくに縫えていない。


 ――ガタガタガタッ! ウィイイイインッ! シュッー!


「な、なのらああああ……!」


(故障!?)


 ――キュルルルルッ! ガッー! ガッー! 


「なのらあっー! あっー! あっー!」


(なのらちゃん! 落ち着いて……!)




『受刑番号47番ッ! 騒がしいぞ! 何をしているんだ!?』




(びくっ!)

 テーブルの右前方から、看守のお姉さんが走ってきた。

 や、やばい……。

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