第27話 繋がる糸~ひたむきな想い〜

「おいきさまら!! ちゃんと作業しているのか!?」


 看守のお姉さん――有亜堂刑務官が、疑惑の形相であたしたちのテーブルの前にやってきた。

 足を止めるなり腰に手を当て、横一直線であたしたちの挙動を眺める。


「あわわわ……」

 目を泳がせるなのらちゃん。

 

「くっ……」

 身を乗り出していたエリカ先輩も、慌てて席に身を戻す。


(や、やばい……)

 とりあえず背筋を伸ばすあたし。


「…………」

 先輩から手を離された愛美ちゃんも、ぼっーとした顔でそのまま落ち着いている。


「おい47番!! なんだこれは!?」

 お姉さんは怒鳴りながら、なのらちゃんが縫い上げた作品を手に取った。

 ひょいとすくい上げられたその一枚には、足を通す部分が見当たらない……。

「なんだこのパンティは!? 一体どうやって履くんだ!? これじゃあ納品できないぞ!?」


「ご、ごめんなさいなのら~!」

 小さくうずくまるなのらちゃん。


 すぐさまエリカ先輩が割って入る。

「許してくれ! 奈野原が失敗したぶんは私が縫い直す! 今日だけは見逃してくれないか!?」


「黙れ48番! 班長であるきさまがちゃんと指導をおこなわないからこういうことになるんだぞ!? わかっているのか!?」


「も、申し訳ない! 謝るよ!」

 全力で頭を下げる先輩。

「この通りだッ!」

 そのままテーブルに額を「ごん!」と打ちつける。


「謝って済む問題ではない! お得意様の貴重な資源が無駄になったんだぞ!? わかっているのか!?」


「…………」

 テーブルに顔を伏せ、真上からお叱りを受ける先輩。

 何とかしてあげたいけど、今はとにかく嵐が去るのを待つしかない……。

 

「もしやきさま、新人にも同じ教え方をしたのではあるまいな?」


「…………」


「そうなんだな?」


「…………」


「受刑番号49番! きさまの作品を見せてみろ! ただいまより抜き打ち審査をおこなう!」


「ひ、ひえっ!」


 お姉さんは有無を言わさず、あたしの作品を「ばっ」と一枚取り上げた。

 そのまま左右に「ぱんっ」と張り、か細い目付きでパンティの表裏を睨んでいる。

「むむむっ!」

 そんなに熱い眼差しでチェックをされたら、いくつもの綻びが見つかってしまう……。あたしたちが片手間で作業していたことがばれちゃう……。


「むん?」


(…………)


「ほう……」


(……?)



「――なかなか上手じょうずじゃないか」



(えっ?)


「非常に丁寧に縫えている。作業量も申し分ない。とても初めてとは思えんな」


(はっ!)

 ふと見るとあたしの右脇には、出来上がったパンティの山が目線の上まで積み上げられていた。

 これはあたしがやったのか?

 ミシンを鳴らすことに必死になっていたせいか、自分でも気付かないうちに大量のパンティを作り上げていたようだ。

 

「49番……きさま、新人のくせになかなかやるじゃないか」


「あ、ありがとうございます!」

 看守のお姉さんから、初めてお褒めの言葉をいただいた。

 そのお顔は相変わらず無表情だけど、あたしの心は弾け飛ぶ。


「今回はきさまの作業量に免じて許してやる! その調子で作業を続けていろ!」


「は、はいっ! ありがとうございます!」


 去り際にお姉さんは言った。

「受刑番号37番! きさまも新人を見習えよ!」


「…………」



 そして振り返ったお姉さんは、また忙しく巡回に戻っていった。

「こらそこー! もじもじするなー!」


 だつごくのことは、ばれていない。

 あたしたちのテーブルは、いったん事なきを得たようだ。



「ふう……助かった」

 エリカ先輩がお顔を上げる。

「私たちの会話は聞かれていなかったみたいだな。キミたちのおかげだよ」


「素真穂ちゃん、ありがとうなのら……助かったのら……」

 なのらちゃんも落ち着きを取り戻してくれたみたいだ。


「それにしても驚いたな。キミにお裁縫の才能があるなんて」

「すごいのら、素真穂ちゃん」

 右にいる二人が、まじまじとあたしを褒める。


「そ、そんなことないよ。あたしは、ただ――」



「あなたの縫ったおパンティ、本当にお上手ね」


「え?」

 左隣の愛美ちゃんが、あたしに話しかけてきた。

 エリカ先輩があれほどのアプローチをかけたにもかかわらず、何事もなかったかのように、すましたお顔をしてあたしのほうを見ている。


「新人でこれだけの量を作るなんて……あなたもしかして、手芸部か何かに所属しておいでなの?」


「い、いえ……あたしはただの帰宅部です……」


「あらまあ」


「家庭科の成績も、そんなにいいほうではないです」


「あらそう」


「だけど――」


「……?」


 愛美ちゃんのほうを向き、あたしは言った。

「あたしは、エリカ先輩となのらちゃんのためなら、無限にがんばれます」


「……!」


「早川……!」「素真穂ちゃん……!」

 背中の後ろから、二人の熱い視線を感じる。

 そう、それが今のあたしの原動力だ。


 愛美ちゃん。

 なんだかよくわからないけど、あなたには絶対に負けません。


「…………」


「蝶野愛美――」

 あたしの肩を引っ張った、エリカ先輩が再び迫った。

「キミのことは。なぜなら私には、すでに心強い仲間がいるからな」


(エリカ先輩……!)


 また説得を始めるのかと思いきや、そうではなかった。

 エリカ先輩は、愛美ちゃんのことをのだ。


「ウフフフフ……」

 だけど、愛美ちゃんは返した。

「そんなことを言われては、わたくしも黙ってはいられませんわね」


「愛美ちゃん……?」



 ――ダダダダダダダ……。


「決行は、今夜七時でしたかしら?」



(……!)


「あ、ああ。夕食後の行進中におこなう予定だが……」


「了解しました。あなたがたからのアプローチ、確かに承りましたわ」


「……どういうことだ?」


「あなた、鈍感なのかしら? はっきりと申しあげないとおわかりなられない?」


「え?」


 やがて愛美ちゃんは、激しくミシンを打ち鳴らした。


 ――ズダダダダダダダダッ!


「わたくしが正門を開いて差し上げますわ! その隙にあなたは、外へお逃げになりなさい! そして、外の世界でわたくしを待つのです!」


 ――ダダンッ!


 手を止めて、あたしに告げる。

「だって新人さんには、負けていられませんもの!」



「ま、愛美ちゃん……!」


 その言葉の真意はよくわからなかったが、挑戦的なその視線は、あたしなどではなく、この施設そのものに向けられているように思えた。


「あ、ありがとう……! 蝶野愛美……!」

 エリカ先輩が言った。


「ウフフ。お礼は、デートのときで構いませんことよ――」


 愛美ちゃんはそう返し、話を切って、また淡々とリズムを戻した。


 ――タン、タン、タン、タン。



(エリカ先輩、なのらちゃん……!)

(早川、奈野原……!)

(せんぱい、素真穂ちゃん……!)


 あたしたち三人は、思わず顔を見合わせた。

 愛美ちゃんはきっと、あたしたちの「だつごく」に協力してくれる。

 これ以上の打ち合わせは必要ない――そのことはもう、誰の顔を見ても明らかだった。


(よし!)


 ――ダダダダダダダダ……。


 やがてあたしたち三人も、黙々と作業を再開させた。

 これ以上騒ぎ立てても、また嵐に飲み込まれてしまうだけだ。

 針を進めるあたしたちには、もう迷うことなんか許されない。

「だつごく」のピースは揃ったんだ。最後の仕上げは整ったんだ。

 たとえツギハギだらけでも、自由の少ないあたしたちには上出来なんだ。

 もうこれでいくしかない。これで岸まで泳ぎ切る。

 断崖絶壁のその向こう――外の世界を目指して!



《『どきどき! おさいほうタイム!』編・完》(仮)



 ※※※



 かくして、あたしたちの本命――内緒の話は決着した。

 このまま何事もなければ、作業は終わり、食事が始まり、「だつごく」が決行される。

 しかし最後に、話が埋もれるその前に、あたしにはどうしても確かめたいことがあった。


 ――ダダダダダダ……


「エリカ先輩……!」


 ――ダダダダダダ……


「なんだ? 早川」


 ――ダラララランッ!


「愛美ちゃんを「好きだ」と言ったのは、本当ですか?」


 あたしは聞いた。

 愛美ちゃんを口説いた際に、用いた言葉の信ぴょう性の有無。

「だつごく」するための方便か、それともエリカの本心か?


「…………」

 対する先輩は、もじもじと頬を掻いた。


 やがて時間が経過する。

 短いようで、長い時間が経過する。

 エリカ先輩は、その問いにだけは明確な答えをくれなかった。

 出会ったころ(昨晩)は、「わからないことがあったらなんでも聞いてくれ」って言っていたのに――。


(エリカ先輩の嘘つき!)

 と、叫びたくなったのは束の間であった。


「案ずるな、早川、奈野原――」

 エリカ先輩は、ミシンを止めて指を鳴らした。

お外シャバでデートするときは、キミたちも一緒だよ」


 ――ズキュン……!


「キミたちのおかげで、私は気付いたんだ。女の子が女の子を好きになることは、悪いことじゃないんだって。とても健全なことなんだって」


 ――ズギュン……!


「私は完全に理解したんだ。世の中のルールが全て正しいとは限らない。古い考えはもういらない。年齢も性別も世間体も何もかも関係ない。自由な外の世界に出ても、私とデートしてくれますか?」


 ――ドギュン……!


「早川素真穂、奈野原なのら。頭でっかちな私の考えを、解きほぐしてくれてありがとう。私はキミたちにとても感謝をしている。自由になれたら、みんなで遊園地に行かないか?」


 先輩は答えを濁したが、あたしたちには充分すぎた。


「エリカせんぱあいっ!!」


 ――ズダダダダダダダッ!


「エリカしぇんぱあい!!」

 

 ――ズダダダダダダダッ!


 あたしとなのらちゃんは、壊れたようにミシンを打ち鳴らした。

 喜びのファンファーレ。薔薇色のマシンガン。

 こんな不格好な音だけど、誰に聞かれてもかまわない。

 答えはもちろん「YES」なのだ!


「早川アッ! 奈野原アッ!」

「エリカ先輩! なのらちゃん!」

「しぇんぱい! しぇんぱあい!」


 ほんの一瞬だけあたしたちに絡んでいた糸は、ばらばらになってやわらかくなってまっすぐになってぎゅぎゅっと強く結ばれた。

 作業に打ち込むあたしたち。

 パンティ製造、楽しいです。


「おいそこー! もじもじするなー!」


 お裁縫の時間が、ぐるぐると過ぎていく――。




《『どきどき! おさいほうタイム!』編・完》(真)

(※次回キャラクターまとめ。その後、最終章となります)

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