第22話 決着と結託

 犬山さんが蹴り上げたボールは、待機していた二人の頭上を越え、相手のコートの真ん中らへんに落っこちて大きく跳ね上がり、その勢いのまま相手のゴールポストへと向かっている――

「うわあああああああああああっ!」

「なのらああああああああああっ!」

 なのらちゃんとエリカ先輩が、ここぞとばかりにそれを追走――


『だめえええええええええええっ!』

『やめてええええええええええっ!』

 二人に負けじと、相手チームの女の子たちもそれに群がっていく――

『うおおおおおおおおおおおおっ!』

 ゴールキーパーの女の子も、必死の形相で前に飛び出してきている――


「ま、まってー!」

 あたしもそれに参加しようと、えっさほいさと走りを続けるが、もうそこへは間に合いそうにない――


 やがてペナルティエリアの中は、突如舞い降りたボールを巡って一気に大混戦に陥った。

「うわああああああっーーーー!」「なのらああああああっーーーー!」『きゃああああああっーーーー!』「てりゃあああああっ!」『させるかああああっーーー!』「あならああああっ!」『いやああーん! やめてええっ!』「ああああんっ!」『だめええええっーーーー!』「でやあああああっ!」『きゃあああああああっ!』

「てえええええええええええいっ!」

 ――すかっ!

「なのらああああああっーーーー!」

 ――すかっ!

『うおおおおおおおおっーーーー!』

 ――すかっ!

「あならあああああっーーーーー!」

 ――すかっ!

「でやあああああああああああっ!」

 ――べちっ!

『だあああああああああああっ!?』

 ――ぼすっ!


『ぴっぴー! Hチーム、一点です!』


『きゃああああああああああああああっーーーー!?』

『いやああああああああああああああっーーーー!?』

『うわああああああああああああああっーーーー!?』

「きゃああああああっーーーー!!」

「やったのらあああっーーーー!!」

 

 ……もはや何がどうなったのかはよくわからないが、ようやくあたしが駆けつけたときには、ゴールのネットが静かに揺れていた。

 相手チームのみんなが地面に両手と両膝をつき、その中に立っていたエリカ先輩となのらちゃんが抱き合って喜んでいる。

「は、早川ああああっ!」「素真穂ちゃあんっ!」


「ば、ばんざあーい!」

 とりあえずあたしも両手を挙げ、その抱きしめ合いに参加した。

 どうやらあたしたちは、一点を奪い返すことに成功したようである。


『これにて前半終了でーす! 五分間の休憩に入りまーす!』



 ※※※



 無事点数が追いついたところで前半が終了し、試合はハーフタイムとなった。

 お互いのチームがベンチに戻り、それぞれに作戦会議という名のお喋りをおこなう。

(ふぅ……)

 一息をついたあたしも、おまたに食い込んだブルマーを直したりしながらペットボトルのお茶を飲んだ。


「あん……あん……あん……あん……あん」

 犬山さんによって担がれてきた杏里ちゃんも、おまたをおさえながらベンチで仰向けになって休んでいる。

 ……大事には至っていないみたいだけど、試合が終わるまではそっとしておいたほうがよさそうだ。



 ※※※



 やがて試合は後半戦に突入し、あたしたちはサッカーを続けた。

 主力の杏里ちゃんを失った相手チームの勢いは衰えていたが、あたしたちのチームもまた、前半戦の疲れがたまってへろへろになっていた。

 結果、両チームとも交代を繰り返しつつ、ややのんびりとした雰囲気で試合は進んだ。


 あたしはそのほとんどをベンチに座って過ごし、今度は全力で応援に回った。

 グラウンドにいるみんなを眺めながら、立ち上がっては声を上げ、座ってはお茶を飲む――やっぱりあたしはこちらのほうが向いている。

 肝心の試合展開も特に動くことなく、あっという間に楽しい時間が過ぎていく――


『ぴっぴー! 試合終了でーす!』


 やがて、同点のまま決着が告げられた。

 スコアは『1-1』の引き分けで、球技大会はあたしたちと杏里ちゃんのチームのダブル優勝という形になった。審判の子が結果を紙に書き残す。

『ありがとうございましたあ~』

 最後にみんなで整列をして、挨拶をして、握手をして、試合は終わった。

 ストレッチもちょっとやった。


『お疲れさまですう~』

 試合が終わると、見知らぬ女の子たちが寄ってきた。ほかの三つのコートの試合も無事に終わっていたらしく、それぞれに結果の記した紙を握っている。

『お疲れさまでしたあ~』

 あたしたちの審判の子が、その子たちから紙を受け取ってひとつにまとめる。

 なんだかよくわからないが、これで大会の行程の全てが完了したようだ。

 

『みんな集まれえ~!』

 声の掛かったほうを見ると、試合を終えたほかの女の子たち全員が、フェンスの出入り口の前できれいに列をつくっている。

 その集団の前には、数名の看守さんたちが相変わらず無表情で立っている。


 あたしたちもばたばたとそこへ合流し、その三列の最後に加わる。

 唯一前に出た審判の子が、結果の書いた紙を看守さんに提出する。

『終わりましたあ~』


 それをそっけなく受け取った看守さんたちは、これまでの沈黙を爆発させるかのように大声を連発した。

「これにて球技大会を終了とする! 賞品のお菓子は、今夜の余暇の時間、結果に応じてそれぞれの部屋へ支給する! グラウンドのお片付けも我々がやっておく!」

「きさまらはただちに更衣室へと移動し、五分以内にお着替えをおこなえ!」

「お着替えが済んだら、体操着とブルマーとシューズを持って更衣室の前に整列! 話は以上だ! 一同、礼ッ!」


『ありがとうございましたあっ!』


「よし! 行進を開始しろ! 足踏み、始めっ!」


「こうしんをはじめまーす! いきまーす!」

 列の最前左端の女の子が、右手を挙げて声を上げ、足踏みしながら前に出る。

 それに習って隣が続き、ざくざくと足音を揃えてぞろぞろと縦になっていく。

『いっちに! さん、し! ごお、ろく! しっちはっち!』


「開錠ッー! 開錠ッー!」

 あたしたちが行進を始めると、看守さんによってフェンスのカギが開けられた。


『いっちに! さん、し! ごお、ろく! しっちはっち!』

 縦一列となったあたしたちは、グラウンドを抜け小屋へと向かう。


「もじもじするなっー! てきぱき歩けっー!」

 看守さんたち一同も、交通整理のおじさんのように腕を回す。


『いっちに! さん、し! ごお、ろく! しっちはっち!』


「もじもじするなー! もじもじするなー!」

「お着替えをおこなえー! お着替えをおこなえー!」



 ※※※



 ――バタン。


《『しらゆり刑務所』屋外グラウンド前・更衣室内――PM14:50》


 球技大会を終えたあたしたち一同は、再び刑務服姿に戻るべく、また更衣室へと戻された。

 試合前と同様、室内に看守さんたちは入って来ていない。ほんのりと汗の匂いが混ざり込んではいるが、相変わらずここはあたしたちだけのスペースだ。


『わいわい……きゃっきゃ』

 列の前にいた子たちがさっそくお着替えを始めている。

 みんな試合の感想を漏らしながら、だらだらと体操服を脱いでいる。


「よし。私たちも脱ごう」

「はい」「なのら」

 最後に入室したあたしたち三人も、私物を置いた奥のほうのロッカーへと移動する――


 進んだ先の一番奥のロッカーでは、先に入室していた杏里ちゃんが、こちらを見つめて待ち構えていた。


「…………」

 杏里ちゃんは、なんだか憔悴した顔であたしを見ていた。

 試合前に醸し出していた威圧感はなく、仕返しをするような目付きでもない。


「杏里ちゃん……」

 その瞳を見て、あたしは告げた。

「さっきは、おまたにボールをぶつけちゃってごめんなさい」


「いや、もういいって……」

 少し恥じらいを見せながら、杏里ちゃんはこう返した。

「あんたに股間をやられたおかげで、アタシも〝人の痛み〟ってやつが分かった気がするよ……」


「あ、杏里ちゃん……」

 目の前の杏里ちゃんは、牙が抜けたように丸くなっていた。

 試合の過程がどうであれ、あたしはちゃんと杏里ちゃんにぶつかっていくことができていたようだ。


「おかげですっかり気が変わっちまったよ。エリカをチクるのはやめておく」

 杏里ちゃんはそう言って、静かにしゃがみ込んだ。

「たまにはアタシも、『約束』を守らなくっちゃな……」


(約束……)

 そう言えば、あたしたちは〝ゲーム〟をしていた。

 たしか、あたしたちが勝ったら、杏里ちゃんが自分のおパンツから取り出してシューズに隠した〝スペシャルプレンゼント〟を貰えるという話だった気がする。


「でも結果は……引き分けだったな」

 杏里ちゃんはシューズの靴紐をほどき、上目を使ってこう言った。

「だからこの〝プレゼント〟は、あんたらと『共有』することにするよ」


「共有だと?」

 エリカ先輩が神妙な面持ちで前に出た。

「意味がわからないな。鹿忍、そのシューズの中身はなんだ? 見せてくれたまえ」


「ああ。いいぜ」

 杏里ちゃんはシューズを脱ぎ、その靴底をあたしたちに見せた。

 中を覗いてみると、そこには一枚の青いカードが入っている。


「むむ……なんだそれは?」


 エリカ先輩がそう聞くと、急に立ち上がった杏里ちゃんが、そっと耳打ちをおこなった。

「四階の部屋のカードキーだ」


「な、なんだって!?」

 先輩が声を荒らげる。


「まあ落ち着けよエリカ。今のアタシたちには五分しかないんだ。ゆっくりとお着替えを進めながら落ち着いてアタシの話を聞きな」

 そのまま二人は接近して見つめ合っている。


 なんだかよくわからないが、なにやら込み入ったお話が始まるようだ。

 あたしとなのらちゃんも目を合わせ、小さく頷いた。

 ここはお互い一旦黙って、とりあえずエリカ先輩に任せよう。


「キミ……なぜそんなものを持っているんだ?」

 ブルマーに手を掛けた先輩が聞いた。


 着ている体操服を顔に通しながら、杏里ちゃんが答える。

「午前中、みんながメシ食ってる間に、看守室から盗んできたんだ」


「ぬ、盗んできただと……? 本当なのか?」

 エリカ先輩がパンツになった。


「前科者を舐めんなよエリカ」

 杏里ちゃんが体操服から顔を見せた。ブラジャーになっている。

「アタシのスキルがあれば、こんくらいヨユーだ。ちゃんとダミーも置いてある。看守たちの様子を見るに、まだばれちゃいねぇ」


「そんなことをしておいて、どうするつもりだ?」

 間違えてパンツまで脱ぎそうになったエリカ先輩が尋ねた。


「こいつをうまく使えば、刑務所はパニックになるだろうよ」

 ブルマーを下ろした杏里ちゃんが答えた。


「鹿忍……キミは一体、何が言いたいんだ?」


 体操服の襟を掴んだエリカ先輩が尋ねた。

 ブラジャーにパンツ姿の杏里ちゃんが答える。


「あんたらの「だつごく」、アタシも乗ってやるよ」

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