第9話 げきとう! フードファイト!

 ――ジャアアアアアアアア……。


「よし、行くぞ!」

「はいっ!」「なのらっ!」

 

 朝食後。来るべき戦いの前である。

 お手洗いで用を済ませたあたしたち三人は、時間を見計らって隣にある作業室へと向かっていた。

 いちおう個室の中で秘密の作戦会議のようなものをしたが、『ただひたすらに食べるだけ』という結論に至っている。


《『しらゆり刑務所』一階・刑務作業室――AM8:55》


 作業室は、学校の家庭科室みたいな広々とした部屋だった。奥のスペースにホワイトボードがあり、縦に四列・横に三列の大きな作業テーブルが配置されている。

『わいわい……がやがや……』

 他の受刑者たちはみんな既に席に着いており、各テーブルにだいたい四人ずつが分かれて座っている。それぞれにお喋りをしながら指示が来るのを待っているようだ。


「よう、待ってたぜ」


 最後列の右にあるテーブル――声のかかったほうを見ると、その右端に、ひと際目立つ大柄な女の子――若菜ちゃんが腕を組んで座っていた。他に同席者はおらず、一人である。

「逃げずに来るとは命知らずな奴らだな。その根性だけは認めてやるよ」


「ああ。キミもな。褒めて遣わすよ」

 エリカ先輩が先陣を切り、若菜ちゃんの隣へ向かった。

 その後ろにあたしが続き、なのらちゃんも背後を固める。

 あたしたちの座る作業テーブルは、その四人で一列に埋められた。


「よし、全員席に着いたな! ではこれより、本日の刑務作業『残飯処理』のメニューを発表する! 全員お喋りをやめて前を向くように!」


 部屋の前線に立つ看守のおばちゃんが、大声で受刑者たちの視線を集めた。

 それに伴い、脇にあるドアの向こうから、ガラガラと大きな配膳台が運ばれてきている。


 ――メロンパンだ。

 台の上には、包装された大量のメロンパンが積まれている。


「本日のメニューは、ぱんぱん製菓(株)のお蔵入り製品、『クレイジー・メロンパン』だ!」


(く、くれいじー・めろんぱん……)

 かなりインパクトのある商品名だけど、なにやら失敗作のようである。

 ぱんぱん製菓(株)は、あたしでも知っているくらいに有名な菓子パンメーカーなので、味には期待できそうではあるが……。


「このメロンパンは新商品として市場に送り出される予定であったが、工場における製造過程での不具合が発覚し、ここにある全てが廃棄扱いとして当刑務所に引き渡された! その数、およそ1000個である! 今日はお前たちにこれらを食べまくってもらう!」


 と、とんでもない数だ。

 一体何があったのかは知らないけど、それだけのメロンパンを捨ててしまうのはたしかにもったいない。あたしたちの力で美味しくいただかなければ。


「本日はひとつの班につき、ノルマとして最低50個を配布する! 追加おかわりの申し出は喜んで承るので速やかに手を上げろ! 50個以上食べた者たちには量に応じて報酬を付与する! 作業はAM12:00まで――三時間以内にできるだけ多くを食すのだ! 説明は以上!」


 おばちゃんの話が終わると、他の看守さんたちが一斉に動き始めた。

 各テーブルに、大量のお水が入ったピッチャーとグラス、そして、四角い配膳箱(※給食でパンを運ぶときに入れる容器)が配られている。

 それはあたしたちのところにも当然やってきて、中を覗くと、50袋あまりのメロンパンが詰め込まれていた。


(ごくり……)

 いろんな意味で、あたしはつばを飲み込んだ。

 メロンパンを苦手だと言う女子は全国的に見てもめったにいないだろう――かくいうあたしも実は大好物だ。作業自体は初めてだけど、もしかしてこれはちょっとラッキーなのかもしれない。


 そんなあたしの反応とは裏腹に、エリカ先輩が呟いた。

「メロンパンか……こいつは厄介だな」


「え? どうしてですか?」

 

「メロンパンは、その見た目以上にカロリーがとても高い……うら若き乙女の身体には非常に酷なメニューだ。この戦い、油断はできないぞ……」

 先輩は渋い表情をしている。


「安心してほしいのら! メロンパンのことなら、ボクに任せてほしいのら!」

 一方で、なのらちゃんが勢いよく胸を叩いた。

 全国の女の子の例にもれず、甘いものが大好きなようだ。


「奈野原、頼もしいじゃないか……」

 先輩はちょっと嬉しそうな顔をしている。

「――だが、無理はするなよ。私もベストを尽くす。早川も、いけるな?」


「はい! 大丈夫です!」

 あたしも自信をアピールした。ついさっき朝ごはんを食べたばっかりだけど、メロンパンなら朝飯前べつばらだ。

 それに、三人で力を合わせれば、なんだかいけそうな気がする。


「クク……おめでたい奴らだな。はしゃいでいられるのも今のうちだぜ」

 あたしたち三人を横目に、若菜ちゃんが不敵な笑みを溢した。

 ひとりぼっちにもかかわらず、袖をまくってどっしりと構えている。

 やはり相手もメロンパンには相当な自信があるのだろう。


 臆することなく、エリカ先輩が話しかける。

「ルールをおさらいしておこう。『より多くのメロンパンを食したほうが勝ち』。食べた個数については、空き袋でカウントをおこなう。それで異論はないな?」


「ああ。かまわねぇ」

 すました顔で若菜ちゃんが答えた。

 ぽきぽきと首を鳴らしている。

「俺が勝てばお前らのオカズは全て俺のもの……加えて報酬まで貰えるなんて、今日は出て来て正解だったぜ」

 楽しそうに独り言をもらしている。既に勝った気でいるようだ。


(報酬……)

 作業開始までまだ余裕がありそうだったので、あたしは先輩に聞いてみる。

「……看守さんが言ってた〝報酬〟って、なにが貰えるんですか?」


「ああ……まだ教えてなかったか」

 そう言って先輩は答えてくれた。

「『しらゆり刑務所』では、特定の刑務作業のノルマをこなせば、その日の晩に賃金おこづかいとして刑務所内通貨を貰うことができるんだ」


「け、けいむしょないつうか?」


「ああ。刑務所内通貨を使えば、食堂内にある購買部で本や雑貨などが購入できる。作業の成果に応じて貰える額は増えるが、刑期が短くなるということはない。少しでも快適に刑務所ライフを送れるってだけさ」


(な、なるほど……)


「もちろん、あるに越したことはないけどね」

 念を押すようにエリカ先輩が付け加えた。

 なにやら怪しい笑顔であたしの目を見つめている。

 

(……!)

 あたしは、なんとなくその意味を理解した。

 刑務所内通貨があれば、「だつごく」に役立つのかもしれない――おそらくそういう笑みだろう。

 やはりこの勝負、絶対に勝たなくては……!

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