第3話 エリカせんぱい
トイレで用を済ませたであろうその女性は、取り出した赤いハンカチで手指を拭きながら、悠然とした表情であたしのほうへと歩いてきた。
あたしより背が高くて、胸もあたしのAカップよりちょっと大きい。
切れ長の綺麗なお目めが、あたしの瞳をぐっと見つめてくる。
「私の名は『
艶のある声で自己紹介をされた。どうやらこの人が「エリカ先輩」のようだ。
茶色いお嬢様ヘアーに、凛とした顔立ち、桃色の刑務服をカジュアルなスーツのようにビシッと着こなしている。すらっとしていて、美人というか、かっこいい。
まるで王子様のような高貴なオーラに、あたしはちょっとたじろいだ。
「は、早川 素真穂です! よろしくお願いします!」
「フフ……話は聞いているよ。道中疲れただろ? とりあえずそこへ座りたまえ」
――スッ。
エリカ先輩は、足の指で一枚の
――ガガガガガッ!
それに伴い、なのらちゃんが脇にあったテーブルを急いで中央に持ってきた。
上に置いてあったティーポットを駆使し、丁寧にお茶まで用意してくれている。
「エリカ先輩はボクたちのリーダー! とっても頭がよくて、なんでもおしえてくれるんだのら! 素真穂ちゃんも、この機会にわからないことを聞いておくといいのら!」
「うん……ありがとう!」
二人にもてなされ、あたしは座布団に正座した。
「余暇の時間は限られている――今のうちになんでも聞いてくれたまえ」
エリカ先輩も腰を下ろし、立て膝を付いてポーズを決めている。
「え、ええっと……あなたは何歳ですか?」
あたしはとりあえず、ここでの生活のことよりも目の前にいる同居人についてのほうが遥かに気になった。まずはこの人と打ち解けるほうを優先したい。
「18歳だ。都内にある『エリザベース女子学園』に在学している」
エリカ先輩は誇らしげに答えた。
とても大人びて見えるけど、あたしと同じ女子高生――というか、『エリ女』は国内でも有数の超有名スーパーエリートお嬢様学校だ。
なんでそんな裕福な人が刑務所にいるのだろうか……。
あたしは、なのらちゃんのときと同様、またあのことを聞いた。
「エリカ先輩は、なんの罪でつかまったんですか?」
「フフ……初対面でそれを聞くとは、キミはなかなか勇敢な性格のようだね。気に入ったよ」
「え、あ、すみません!」
一瞬にして鈍感な性格であることがばれてしまった。
さすがにいきなりは失礼な質問だったろうか……。
「いや、いいんだ――」
しかしエリカ先輩は、優雅に髪をかき上げてこう続けた。
「私たちは悪戯な天使の矢によって射抜かれた運命共同体〝刑務メイト〟――お互いを知っておくことは何よりも大事だからね。いいだろう、キミに私が犯した罪の全てを告白しよう」
まるで舞台演劇のようなセリフを返された……。
前半のほうは、正直、意味がわからない。
「あー、ゴホン……」
咳ばらいをしたエリカ先輩は、急に田舎の女子高生のような恥じらいの表情を見せた。罪の告白が始まる。
「……その……なんだ……女の子同士がえっちなことをする漫画を買ったことが両親にばれてしまってね…………自首したんだ」
「ええっ!? どういうことですか!?」
ぶっとびすぎててわけがわからない。あたしは思わず聞き返した。
「どうもこうもないさ……」
するとエリカ先輩は、やはり舞台演劇の役者のようにペラペラと語り始めた。
「現行の法律では、二十歳を超えなければ
「でもそれって、ただの趣味なんじゃ……。だって、誰にも迷惑をかけてないじゃないですか!」
「いや、そんなことはない……。R-20指定が掛かっているだけあって、やはりその漫画は未成熟な私の心には刺激的すぎた。私はその漫画を読んでから妄想と現実の区別が曖昧になり、クラスメイトに手を出して向こうの親御さんに怒られた……。それが原因で両親に咎められ、罪の意識から逃れるためにここへ来たんだ……」
それは、なかなかに衝撃的な告白だった。
なんだかよくわからないが、えっちな本を買って、結果的に自首をしたらしい。
「そ、そうなんですか……いろいろあったんですね……」
「ああ。本当に情けない話だ。今は反省している。出所したら普通のラブコメディで我慢することを、今ここに誓うよ」
(いまここで誓われても困る……)
「まあ、わからないことがあったら何でも聞いてくれ。これでも頭はいいほうなんだ」
「はい、ありがとうございます!」
告白を終えたエリカ先輩は、また煌びやかな表情に戻っていた。
ちょっと変わってるけど良い人そうだ。
☆登場人物ファイル④
宝条院エリカ
罪状:『未成年によるアダルトコミックの購入』
「――さて、とりあえずキミには色々と説明をしなければならないな」
エリカ先輩が、つがれたお茶を一口飲んだ。
いよいよ刑務所に関するお話が始まるようだ。
「まずはこれを見てくれ」
そう言ってテーブルの脇にあった一枚の紙を渡された。
覗いてみると、あたしたちの日程がおおざっぱに書かれている。
【しらゆり刑務所の一日】
7:00~9:00
起床・朝食
9:00~12:00
刑務作業(午前の部)
12:00~13:00
休憩・昼食
13:00~15:00
勉強または運動(※日によっては講演会などのイベント)
15:00~18:00
刑務作業(午後の部)
18:00~19:00
入浴・夕食(※入浴は三日に一回)
19:00~21:00
余暇
21:00
就寝
……ぱっと見では、なにがなんだかよくわからない。
とにかくやりながら覚えていくしかないようだ。
(むむむ……)
あたしが紙を読み込んでいると、エリカ先輩が指を鳴らして棚上のデジタル時計を指さした。
「今の時刻は20時だから、余暇の時間にあたる。この時間は部屋の中であれば何をしていても怒られない。まあ、本を読んだり絵を書いたりしかやることはないがな」
「おしゃべりもできるのら!」
なのらちゃんが元気よく付け加えた。
たしかに、こんなにわいわいと騒いでいても看守のお姉さんが飛んでこない。
あたしが
「平日は基本的にこの日程に従うことになる。土日祝日は「免業日」といって刑務作業はお休みだ。だからまあ、ちょっとだけ厳しい学校みたいなもんさ」
「学校……」
その言葉を聞いて、あたしはちょっと楽になった。
ちょっとだけ厳しい学校――そう思えば、三ヶ月でも乗り越えられそうだ。
「ただ、ひとつだけ注意させてくれ」
エリカ先輩の声が、急に険しくなった。
切れ長のお目めがあたしを注視する。
「余暇の時間以外は、ほかの部屋の受刑者とも関わることになる。それはまあいいとして、ふだんは独房にいる受刑者とも関わらなければならない場面も出てくる。今この刑務所では、三人のわがままな受刑者が三階の独房に収容されている。見かけたら教えるけど、あらかじめ言っておく――彼女たちは
「わ、わかりました!」
なんだか恐ろしいことを言われた。
やっぱりここは〝刑務所〟なんだ……あたしは改めて自覚した。
「そのほかにもいろいろと言うべきことがあるんだが……その都度また教えることにするよ」
「はい! よろしくおねがいします!」
あたしの脳みそを気づかってか、エリカ先輩のお話は幕を閉じた――
「……とまあ、表向きの話はここまでさ。まだ消灯までは時間があるな……」
――と思いきや、エリカ先輩がいきなり声を潜めた。
人差し指を唇にあて、あたしとなのらちゃんを小さく集める。
「ここからは、「
どうやらアンコールが始まった。
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