第2話 さいしょのともだち

「おおおおおおおおっ!?」

 背中を反らした女の子が、あたしの存在に気付いた。


「新人さん!? 新人さん!?」

 女の子は体制を整え、期待の眼差しでこちらへ近寄ってきた。

 大きなお目めをさらに見開き、小さな両手をぷるぷるさせている。

 身長はあたしよりちょっと低くて、胸もあたしのAカップよりちょっと小さい。

 髪型は栗色のショートボブカット、まるで小リスのような可愛いお顔をしている。

 

「ボクの名前は、『奈野原なのはらなのら』! よろしくなのら!」

 

 女の子が元気な声で自己紹介をしてきた。廊下に響くくらいによくとおっている。

 しかも、自分のことを「ボク」と呼ぶタイプで、語尾もかなり独特だ。

 ちょっと戸惑ったけど、とりあえず挨拶を返すことにした。

「えっと……あたしは、『早川 素真穂』です。よろしくお願いします……」


「素真穂ちゃん! よろしくなのら!」


 満面の笑みでぎゅっと手を握られた。

 とてもフレンドリーな性格のようだ。接しやすい。

 

「うん……よろしく!」

 あたしも笑顔で握り返した。

 初対面だけど、なんか年下っぽいし敬語は使わなくてもよさそうだ。

 どうみても怖い人ではないので、とりあえず一安心である。


「ボクたちは刑務メイトなのら! なんでも聞いてくれなのら!」


 なのらちゃんは手を離すことなく、嬉しそうな顔であたしの返答を待っている。

 なんでこんなに健気な子が刑務所にいるのだろうか……なんでも聞いてくれと言われたので、さっそく聞いてみることにする。


「えっと……なのらちゃんは、なんでここへ来てしまったの?」


 いきなりストレートな質問をするあたし。

 それでもなのらちゃんは、戸惑うことなく即座に答えてくれた。


「なのらは、ネトゲのバトル中に回線切りせつだんをしてお巡りさんに捕まってしまったんだのら!」


「……え? ど、どういうこと?」

 独特な口調も相まって、あたしは理解できずに思わず聞き返してしまった。


「どうもこうもないのら!」

 するとなのらちゃんは、いきなり涙ぐみながら早口で詳細を叫び始めた。

「大人気オンラインボードゲーム『にゃんにゃんオセロファイターズ』の通信対戦ランクマッチで負けそうになったときに対戦相手が感情表現エモート機能を使って煽ってきたから悔しくなって回線を切ってやったんだのら! そしたら、運営さんにアドレスを通報されて家にお巡りさんがやってきて捕まってしまったんだのらあああああああああっ!」

 なのらちゃんは興奮しながら全てを吐き出し、あたしに訴えかけてきた。

「わかった! わかったから落ち着いて……!」

 なんだかよくわからないが、パソコンゲームの対戦中に右上の「×」を押してしまったようだ。

「てゆうか、それって犯罪だめなの!?」


「どうやら犯罪だめらしいのら! そんなの知らなかったんだのらあああああっーーーー!!」


 なのらちゃんは低い天井に向かって叫び声を上げている。

 言われてみれば、あたしが捕まった原因も歩きながらのインターネット……。

 ネット社会の普及に伴い、世の中のネットマナーはどんどん厳しくなっているようだ。あたしたちの知らない間に、ものすごい速さで新しい法律ルールがどんどんと作られていく。ママや学校は、いちいちそれを教えてくれない。

 なんというか、なんとも世知辛い世の中になったもんである。


☆登場人物ファイル③

 奈野原なのら(15)

 罪状:『オンラインゲーム対戦中における故意の通信切断行為』



「ふう……」

 叫び終えてすっきりしたのか、なのらちゃんは落ち着きを取り戻していた。

 何事もなかったかのようにけろっとした表情をしている。自分の感情のコントロールの仕方を熟知しているようだ。さすがはゲーマーである。


「そうだ素真穂ちゃん! 就寝時間おねんねタイムになる前に、エリカ先輩にも挨拶しておくんだのら!」


「え、えりかせんぱい……?」

 先輩という単語を聞いただけでなんとなく委縮してしまうのはあたしの悪いくせだ。――それは置いといて、エリカ先輩とはいったい誰のことだろうか、周りを見てみてもほかに人は見当たらない……。

 

 あたしが入れられた雑居房は、八畳くらいの和室だった。

 脇には棚やテーブルがあり、お茶会セットと本やペンが置いてある。

 奥にはお布団が積まれており、片隅には公衆トイレのような個室が設けられている。やっぱり人は見当たらない。


(え、エリカせんぱい……どこにおられるんですか?)


 まさか、幽霊?

 なのらちゃんの妄想?


「えへへへへ……」

 当の本人は笑顔をキープしたまま黙っている。


(ど、どうしよう……)

 三十秒ほど一人で戦慄びくびくしていると、シュールな流水音によってその沈黙は破られた。




 ――ジャアアアアアアアアアア…………。




「おや、キミがウワサの新人かい?」


 ……トイレの個室から、煌びやかな雰囲気をまとった劇団員風の女性が現れた。

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