だつごく!!

神山イナ

第1話 はじめてのけいむしょ

「おい!! そこの身長150センチくらいの痩せ型で、伏し目がちな表情と肩にかかるくらいの素朴な黒髪が特徴的な受刑番号49番! はやくこっちにきなさい!」


 看守のお姉さんが、あたしの名前を呼んだ。

 あたしの本名は『早川はやかわ 素真穂すまほ』なんだけど、ここでの呼び名は『受刑番号49番』。

 そう、あたしは受刑者――捕まってしまったのだ。

 そしてまさに今、刑務所の取り調べ室から牢屋に移されている真っ最中なのである。


「もじもじするな! てきぱき歩け!」


 看守のお姉さんに背を押され、あたしは殺風景な廊下を歩く。

 思い起こせば、事の発端は今日の放課後ゆうがた――いつもの学校からの帰り道、ついつい歩きながらスマートフォンをいじっていたら、いきなり警察官さんに腕を掴まれて手錠をかけられた。

 たしかに、歩きスマフォは危ないです。

 取り返しのつかない交通事故などの原因になります。

 でもだからって、「なんで逮捕までされちゃうんですか?」って警察官さんに聞いたら、なんと最近そういう法律ができたらしいのである。


「歩道でスマートフォンを操作したら、三十万円以下の罰金または懲役三ヶ月だよ」


 知らなかった……。

 あたし16歳だから、社会の仕組みはまだよくわからないけど、どうやら勉強不足だったみたい。ニュース番組はいつも「今日のお天気」と「今日の占い」しか見ていないから、それが仇となりました。

 

「罰金を支払えばなんとかなるから、とりあえずお母さんにお願いしてみなさい」


 そう警察官さんに促され、交番の電話でママに一部始終を伝えると、やっぱり怒鳴り声が返ってきた。

『あんた! お外でケータイいじるんはやめんさいってちっさいころからさんざんゆうてきたやろうが! このおてんば娘!』

「ご、ごめんなさい……!」

 そのあと、ママに罰金の件をお願いしたら、なんと断られた。

『あんたみたいなおてんば娘はいっかい刑務所でもなんでも入ったったらええねん! 学校にはオカンが話つけとくけえ、心配せんでええ! たまに面会やらなんやらに行ったるけぇ、身体には気をつけなはれや! ほんじゃあの!』

「そ、そんなあ!?」

 ほのかな愛情を残しながらも、ママの電話はブツリと切れた。

 かわいい子には旅させろって言うけど、いくらなんでもあんまりだ……。


 そんなこんなで「罰金、払えません……」と警察官さんにお伝えしたら、「じゃあ懲役三ヶ月だね。でもこれは軽犯罪だから、裁判はやらないし前科もつかない。ちゃんと刑務をまっとうすれば、なんの問題もなく社会復帰してまた元気に学校へ通えるよ。ガンバレ!」という激励の言葉とともにパトカーに乗せられて、この刑務所に送検されて、かばんを没収されて、制服を脱がされて、桃色の刑務服を着せられて、現在に至ります。


☆登場人物ファイル①

 早川 素真穂(16)

 罪状:歩きスマートフォン禁止法違反



「こらあっ! もじもじするなあっ! さっさと二階へ上がれっ!」


「す、すみません!」

 看守のお姉さんの怒鳴り声で我に返ったあたしの目の前には、白くて大きな螺旋階段が現れていた。

 まるでヨーロッパのお城にあるような素敵な階段――とても刑務所には相応しくないけれど、そもそもこの建物の外観が「廃校した女学園を改装しました」と言わんばかりにお洒落なものだったので、不自然な内装にいちいち驚くことはもうとっくにやめている。


 あたしが収容された刑務所は、未成年の女の子限定の監獄施設、『しらゆり刑務所』である。

 トーキョーの郊外にある四階建ての建物で、正門には巨大なシャッターが構えており、周りは白い大壁に囲まれていて有刺鉄線も張られている。

 つまり、あたしに逃げ道はなく、とりあえず指示に従うしかない現状なのだ。


(うう……はやくおうちに帰りたい……)


 震えた足で二階へ上がると、また殺風景な廊下が現れた。

 左右には、ガラスの小窓が付いた小部屋がいくつも並んでいる。

 

「きさまの雑居房すみかは一番奥だ! もじもじするな! こっちへこい!」

 踊り場で立ち尽くしていたあたしの腕を、看守のお姉さんが強く掴んだ。


「うう……」

 そのままお姉さんに手を引かれ、あたしは廊下の奥へと進む。

 うつむくあたしをさらに落ち込ませるかの如く、看守のお姉さんがまた大声を出し始める。


「きさまを牢屋へぶちこむ前に、これから簡単な説明をしてやるからしっかりと脳裏に刻んでおけ! いいな? わかったな?」

「は、はい……」

「今からきさまは、ほかの受刑者2名との相部屋にぶちこまれる! 俗にいう「ぶたばこ」ってやつだ!」

「ぶ、ぶたばこ……」

「しかしきさまらはぶたではない――まがりなりにも社会の一員だ! 当刑務所では、相部屋となった受刑者のことを〝刑務メイト〟と呼ぶ決まりになっている! よく覚えておけ!」

「け、けいむめいと……?」

「クラスメイトやチームメイトと同様の意味だ! きさまに課せられる日々の刑務作業は、この〝刑務メイト〟と協力しておこなう決まりになっている! それがきさまにできる唯一の社会貢献だ! 肝に銘じておけ!」

「は、はあ……」

 戸惑うあたしを置き去りに、お姉さんは話を続ける。

「そしてこれは特に大事なことだからよく胸に刻んでおけ! ほかの受刑者とトラブルを起こしたわがままな受刑者は、三階の『独房』にぶちこまれる決まりになっている! だから、ほかの受刑者―― 特に刑務メイトたちとはちゃんと仲良くしておくことだな!」

「わ、わかりました……」

「ついでにこの施設の概要を教えといてやる! いま現在この刑務所に収容されている人数はきさまを含めて計50名! 勤務している従業員は私も含めて計30名全員女性! 一階は作業所、食堂、看守室! 二階は雑居房! 三階は独房! そのほかのややこしいことは刑務メイトに聞いておけ! わかったな?」

「わかりました!」

 ようやく話が終わったようだ。

 なんだかいろいろ言われたけれど、いきなりすぎて頭に入らない。


「最後にもうひとつ! もっとも大事なことをきさまに告げておく!」


(え? まだあるの……?)

 あたしがこっそり眉をひそめた次の瞬間、お姉さんがこちらに振り向いて額をごつんとぶつけてきた。

「私の名前は『有亜堂ありあどう 寧々ねね』――きさまの雑居房「213号室」の担当看守ということになっている! 仮にきさまらが何かトラブルを起こした場合、私が責任を問われるということになっている! だから、絶対に余計なことはするなよ! いいな!? わかったな!?」


「わ、わ、わ、わかりました!」

 今まで帽子のつばで隠れていてよく見えなかったけど、お姉さんの顔は「はっ」とするほどの美人さんだった。お肌が綺麗で、目がぱっちりで、鼻筋もまっすぐだ。

 こんなに顔立ちが整った人に念を押されると、どんなに理不尽なことでも言うことを聞いてしまうかもしれない……。


☆登場人物ファイル②

 有亜堂 寧々(27)

 担当:雑居房エリア



「――というわけで、きさまの部屋はここだ! 入れ!」


 気が付くとあたしは、部屋の中へと突き飛ばされていた。

 畳にぺたりと尻もちを付き、涙ぐんだ目でお姉さんの瞳を見上げる。

 そんな最後の抵抗もむなしく、ドアがバタンと閉められる。

「きさまの刑務作業は明日からだ! 今日はもうゆっくりと休んでおけ! 以上!」

 カギをガチャリと掛けられた。

 無情にもお姉さんは、カツカツと足早に去っていく。



「……はあ……」

 閉じ込められたあたしは、まず始めにため息をついた。

 

(そっか……あたしは、受刑者になっちゃたんだ……)


 ここまでバタバタしていて頭が混乱していたけど、落ち着いた途端にやっぱりショックに襲われる。

 こんな薄暗い部屋で今日から三ヶ月も過ごさなければいけないなんて、嫌でも気持ちが沈んでしま――――


「いっちにっ! さん、しっ! ごーおろっく! しっちはっち! いっちにっ! さん、しっ! ごーおろっく! しっちはっち! いっちにっ! さん、しっ! ごーおろっく! しっちはっち!」


 ……部屋の中央で、小柄な女の子が元気よく準備体操をしている。

 もしかして、この子があたしの――――けいむめいと!?

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