第38話

 袋はしばらく、もごもごと動いていたらしい。

 抵抗か、苦悶か、それはわからない。

 しかし、しばらくするとそれも消え、完全に大人しくなる。

 千聡が完全な勝利を確信したのは、それに触れてみた時だった。

 袋は、握ればざりざりとした、湿った粉の感触しか与えてこなかったのだ。

「というわけで」

 千聡はずぶ濡れのままだったが、ともかく謁見の間に戻ってくると、目を覚ました王に袋を広げて見せた。

「これが、勝利の証です」

 そこに入っていたのは――大量の塩だった。

「なんと……塩で水分を吸いだした、と?」

 千聡は得意になるというより、淡々と頷いた。

「要するに、こんなのはちょっと大きいだけのナメクジですから。身体が水でできているなら、抜いてやればいいだけです」

「流石は勇者の連れ。倒した後の魔物もちくちくと刺していく」

 妙なところに感心されたのは、釈然としなかったが。ともあれ王は満足した様子だった。歓喜の声で、周囲の兵士に向かって言う。

「よし、今日は祝宴だ! 勇者の連れの勝利を祝そうぞ!」

「あ、いえ。私はすぐに戻らないといけませんから」

 千聡は首を横に振った。ついでにその勢いで軽く、濡れた髪から水を払う。

 「急ぎの用事か?」と残念そうな王に対し、頷いてから。

「それよりもお尋ねしたいことがあります――いえ、今はもう、”確認したいこと”と言った方がいいかもしれませんが」

「ふむ? どういうことだ?」

「妖精という種族について。王様は、どのような種族がご存知でしょうか?」

「呼びましたかー?」

 と、暢気な声でひらひらと現れたのは、当の妖精だった。

 彼女は今まで、雨に濡れるのが嫌だという理由で城の中に引きこもっていたのだ。もっともその方が邪魔にならないため、千聡はあえて責めなかったが。

 王はとりあえず、その軽薄な動きをしばし眺めてから、曖昧に頷いた。

「文献で読んだ程度には、というところだ。本人に聞こうにも、要領を得ないというか……『そこら辺の人間を捕まえて、人間について説明させてみてください』と言われてしまってな」

 妖精の方を見やると、彼女は無意味にブイサインなどしていたが。

 無視して、千聡が言う。

「ではその文献には、このような記述がありませんでしたか?――『妖精は極めて異質な魔力の持ち主だ』と」

 ぴくりと、王は眉を跳ねさせたようだった。包帯まみれなので気配だけだが、ともかく目を細くさせ、感心とも驚愕ともつかない様子で、「ほう」と吐息する。

 そしてゆっくりと、頷いた。

「確かに文献には、『またあいつが来た気がする。あいつは異質な魔力の塊だから、近付くだけですぐわかる。悪臭と同じようなものだ』と記されている」

「あっはっは。わたしのご先祖様、酷い言われようですね」

 全く他人事として笑い転げる妖精を横目に。

 千聡は自分の推測に完全な確信を得て、口の端を吊り上げた。どこか凶悪な笑みになってしまった気がしたので、それを隠すように頭を下げる。

「なるほど。よくわかりました。ありがとうございます」

「もうよいのか?」

「はい。恐らくこれ以上の情報は得られないでしょうから」

「うむ、流石は勇者の連れ。やはりちくちく刺してくるな」

 王の声音に何か恨めしいものがこもったようだったが、さておき。

「行くわよ、妖精。早くこの話を達真に届けなくちゃ」

「えー。向こうも魔物がいるんですよね。せめてそれが落ち着いてから」

「早くしなさい」

 千聡は無表情で、妖精の身体を鷲掴みにした。

「前に勇者様に同じごとざれた気がずる」

 「ぐぇぇ」と悲鳴を上げながら、妖精はすぐに扉を開いた。

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