第34話
異世界と聞いて、千聡は適当なイメージを膨らませていた。
実のところ、元来よりそういったものに興味があったわけではない。
幼馴染の方がいつからか興味を持ち、それを好んでいるようだったので、自分も付き合うようになったまでのことだ。
今でも自分がそういったものを好んでいるかどうかは、よくわからない。ただ、イメージだけは豊富になっていた。
そして実際の異世界、その王城は――イメージと違って、なぜかところどころ破壊されたように、ボロボロだった。
特に千聡がやって来た謁見の間は、赤い絨毯こそ敷かれているがかなり汚れているようだし、ほつれも目立つ。玉座はなぜか何度もひっくり返ったように傷だらけで、周囲に控える甲冑像のような兵士は別としても、その周りにある燭台も割れたり欠けたりしているものが多かった。
なにより、玉座に座る王様らしき中年男性が、包帯まみれだった。
「王様が何度ものた打ち回ったせいです」
「お前が何度も蹴り付けたせいだっ!」
妖精の耳打ちに、王は即座に叫んできた。そういえば以前、妖精がそんなようなことを言っていた気がする。思えばその時に自分は何か失礼なことを口走った気もするが――
「よくぞきた、勇者の連れよ!」
王は咳払いで気を取り直すと、そう言ってきた。包帯まみれなので表情はわからないが。
「異世界の王は適当なことを喋るだけと言っていたらしい、勇者の連れよ!」
わざわざ言い直してきた王の言葉に、横目で妖精の方を見やる。彼女は憎らしい薄笑いを浮かべていたので、いつか何度も殴ろうと決めて。
「適当ではないと信じ、お話を伺いに参りました」
王という現実離れした肩書き――一応、地球にも存在はしているが――を前に、千聡はひとまずそれっぽく頭を下げた。
「まあ実際には適当なんですけどね。この前も謁見に来た組合長に、夫婦円満の秘訣に例えて商売について語ってましたよ。商売も結婚もしたことないのに」
「打撃兵」
包帯まみれのわりに淀みなく、王は素早く片手を上げる。すると横にいた兵士のひとりが大股で近付いてきて、妖精をぶん殴ったが……さておき。
「伺いたいお話というのは、魔物についてです」
ぼてりと床に落ちる妖精を横目に、千聡は続けた。
「最近、急激に魔物が姿を消しているとのことでしたが」
「おお! そのことか」
王は歓喜の声を発すると、玉座から立ち上がる――のは身体の具合からして困難だったのか、それっぽい雰囲気だけを残して身を乗り出してきた。
「勇者には感謝してもし切れんほどだ。四天王を退け、魔王を追い詰めるだけでなく、魔王が消えたとなれば魔物の残党退治までしてくださるとは」
「……残党退治?」
達真がそんなことをしていたという記憶はなかった。というより、妖精は何もしていないのに魔物が次々と消えている、と言っていたはずだ。
奇妙な食い違いだった。あるいはこれが、なんらかの手がかりなのか。
千聡は一応、そのことを悟られないように愛想笑いで誤魔化しながら考え始めた。
「そのことなら」
と、そんな時。いつの間にか復活していたらしい妖精が、千聡に耳打ちしてくる。
「なんか王様が勝手に勘違いしてるみたいで。わたしにも特別報酬をくれるので、丁度いいから黙っていようと」
「…………」
千聡は沈黙し、浮かびかけていた考察を全て捨てた。
打撃兵――妖精を殴打して黙らせるためだけの兵士に違いない――を呼びたくなったが、それはできなかった。
越権行為だというだけではない。
そこに、それ以上に切迫した呼びかける声が響いたためだ。
「フォーラング王! 大変です!」
足をもつれさせながら、文字通り転がり入ってきたのは、どうやら兵士のようだった。謁見の間を固める兵士たちとは違い、申し訳程度の胸鎧しかない軽装である。
王は無礼とも言える侵入を果たした自国の兵に、叱るよりも先に怪訝な眼差しを向けた。
「どうした、伝令兵。名前はまあ覚えていないが、たぶんホワッポンとかそんな感じの、暢気な名前の兵よ」
「一大事です!」
ホワッポンではないだろう伝令兵は、しかし自分の名前など無視して叫んだ。絶望したような悲惨な顔を蒼白に染めて、自分がたった今押し開けたままの扉の先を指差しながら。
「ま、町に、魔物が現れました!」
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