第33話
これは明らかに異常だった。今までの騒ぎの非ではない。そして明らかに危険である。一匹現れたってことは……二匹目も三匹目も現れる可能性がある。そしてコケグマは運良く弱体化していたようだが、全ての魔物が同じであるはずもない。
もしもそんなものが、世界中に現れたら。
「少なくとも、これまでは自由にこっちへ来ることはできなかったはずよね」
顎に手を当てながら、呟いたのは千聡。逃げた野次馬たちまで戻ってきて、さらに教師たちも集まり、ざわめきを増す中で。
「こんな便利な能力だもの。ずっと使えたのに隠していた、なんてことはないはずよ。つまり最近になって、できるようになった――それも魔王の力によって」
コケグマは確かに、魔王に不可能はないと言っていた。それはつまり、案の定だが魔王の健在を示す証拠でもあった。
「魔王が異世界の扉を開けられるようになった、ってことか?」
「おおむね、そうでしょうね。でもやっぱり変よ」
推測するが、千聡はまだ首をひねった。
「そんなことができるようになった上に、実行する気があるなら、今すぐ、もっと大量に送り込めばいいはずでしょ?」
「そりゃそうか」
「だから何か、そうしないだけの理由があるのよ」
説明するように言ってから、けれど続くのは独り言だった。
「それに、どうしてここに? どうして今なの? 偶然……もし偶然じゃないとしたら、その理由は何?」
口の中で自問するように、千聡は考える。
一緒になって達真も考えようとしたが、答えは出せそうになかった。楓は最初から考えることを放棄して、「どれほど大量に送り込まれようと、悪は全てオレが根絶やしにする」と息巻いている。
だがやがて、騒ぎもだんだんと沈静化していき、教師たちからも「教室へ戻れ」と指示されるようになった。それでばらばらと、生徒たちは階段を下りていく。あの生物はなんなのか、熊の闖入か、ひょっとして大事件なのではないか、テレビの取材がくるかもなど、好き勝手に心を躍らせながら。
最後まで残っていたのは当然、達真たちである。しかし教師に何度か促されて仕方なく、未だうんうん唸っている千聡を連れて、他の生徒の後に続いて踵を返す。
「ほら、行くぞ」
「何か閃きそうなのよ。たぶん今までの事件とも関連があるのよね。それを考えれば……」
それでも一応、達真に手を引かれて歩き始める。楓も一緒に、悪は潰えたのかと言いながら階段を下っていく。さらに妖精は達真の制服の背中からするりと姿を現して。
「あ、ちなみにさっきのコケグマも、急にいなくなった魔物の一体ですよ」
「って、お前いたのかよ!」
達真が叫ぶと同時。
今度は頭上から、ばんっ! と激しい爆音のようなものが響いた。
頭上――つまり屋上である。それがなんの音であったかは、去りかけた廊下に降ってくる、ひしゃげた鉄の扉を見て理解する。
屋上の扉が、何者かによって蹴破られたのだ。
そして同時に理解した。それをやったのが何者であるか。
「…………」
息を詰まらせる、達真。千聡も、さらには妖精も同様だっただろう。楓だけは迅速だった。即座に振り返ると四階の廊下へと舞い戻り、屋上へ続く階段を睨む。
そこからは声が聞こえてきた。
「グルォアアアアア!」
あるいは吼え声というべきか。明らかに先ほどのコケグマのような猪口才とは違う。異常な殺意と敵意に漲り、即座に周囲を緊迫させるほどの威圧感を持った、”魔物”だ。
知性は感じられないが、その分だけ殺戮の意志に埋め尽くされている。
「まだいたのか!?」
達真も驚愕しながら、しかしそれでも楓の隣に並ぼうと階段を駆け上がる。
一方で――千聡はハッと、何かに気付いた顔を見せた。そして。
「達真! ちょっと妖精を借りるわ!」
「へ?」
意外な言葉に、きょとんと間抜けな声を返す。が、千聡の方は反対意見はもちろん、議論や疑問も受け付けるつもりがないようだった。即座に小さな妖精の頭を引っ掴むと、階下へと駆けて行く。
そうしながら、彼女の声だけは聞こえてきた。
「ひょっとしたら、魔物出現の原因がわかるかもしれないのよ!」
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