お届けした商品にお心当たりがない場合、下記連絡先までご連絡ください。
第32話
■6
怪物と呼ばれたものが出現したのは、どうやら最上階らしかった。
以前にも入った気がする、四階の元美術室である空き教室。そこに必要な画材を取りに行った生徒が、怪物を発見したのだという。
そんな話を、達真は階段を駆け上がりなら聞き、そしてその現場に辿り着いた時には忘れていた。そんなことより、目の前の”怪物”に喫驚したのだ。
「な……!」
思わず息を呑む。
そこにいたのは、人よりも何回りか大きな、熊を思わせる生物。ただし体毛はなく、不気味な緑色の苔が全身を覆っている。背中に生えた木の枝は、まさしく羽のように、今は半ばから畳まれている。単に折れているようにも見えたが。
そしてその生物の手に生えた爪のうち、右手の四本は正真正銘、折れて無くなっていた。
理由は当然、わかる――異世界の扉に締め出されたせいだ。
「コケグマ!」
「誰がコケグマだ!」
名前を叫ぶと、その怪物――いや、魔物は叫び返してきた。
空き教室の扉もようやく通り抜けたのだろう。人間用の廊下で巨体を窮屈そうに折り曲げながら、背を向けていた魔物の首がぐるりとこちらを向く。そのあとに、身体。そうした不気味な動きだけで、野次馬たちはきゃーきゃー叫んで逃げ惑ったが。
それらを無視して、コケグマは低く笑った。
「久しいな、人間。こんなところにいたのか」
「お前、どうやって!」
思わず自分も後ずさりそうになったが、背後に千聡がいるのを思い出し、代わりに声を上げる。コケグマはたっぷりと余裕を湛えて、
「どうやって? くくく……我らが魔王様の魔力に不可能はない、というだけのことだ」
千聡が魔力について問いたげに口を開けたのは、手で制して。ともかく達真は焦った。
当然ながら今は木剣を持っていない。というより、持っていたとしても手も足も出なかった相手だ。それほど恐るべき、魔物という存在。それにこんな場所で暴れられたら……
その恐怖は相手にも伝播してしまったのだろう。魔物はますます余裕を大きくし、堂々と言ってきた。
「ふくく……今の俺は自慢の爪も半分失い、しかも実は木々から力を吸収していたのでこうした緑のない場所ではほとんど力を出せないのだが、それでもたぶん人間くらいは圧倒できるはずだ!」
「あ、こいつ絶対弱いぞ」
達真の確信を証明するように。
「グライダーキック!」
「ぎゃああああ!」
コケグマは突如、何者かに背後から蹴り倒された。
いや、何者かというより、そんなことをするのはひとりしか知らない。そして倒れたコケグマの後頭部を踏み付けているのはやはり――楓だった。
まだ残っていた野次馬から、おおという感嘆の声が漏れる。
楓はそれを浴びながら、なんでもないことのように制服の埃を軽く払った。こちらの姿を見つけると、声をかけてくる。
「む、達真か。もしや知り合いだったのか?」
「いやまあ……知ってるといえば知ってるけど、倒してくれたのは助かった」
「そうか。知り合いならば悪いことをしたと思っていたところだ」
違うのなら問題ないと、楓は苔生した後頭部を踏み抜いて廊下の床に飛び降りた。コケグマは既に気を失っているらしい。後の処理は、この弱さであれば警察やら何やらがやってくれるだろう。そこからどうなるかは知らないが。
「しかし驚いたな、こんな生き物がいるとは」
「魔物だ。前に話しただろう?」
「そういえば達真って、一度だけ異世界に行ってたのよね」
楓に言うと、返してきたのは千聡だった。その時に遭遇した相手だと告げて、頷く。
ただ、その頷きには恐るべき意味があると、達真は理解していた――ここは地球なのだから、異世界の魔物が存在するはずがない。
そうであるはずなのに、達真はそれを遭遇してしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます