第31話
幼馴染の怒りは収まった。
楓の真の性別が発覚した驚きというのも、ひとまずは収まった。性別が関係あるような付き合い方をしていなかったと気付いたためだ。偶然のキスは除いて。
しかし、収まらなかったこともある――
謎の爆発や突風のような、怪奇現象だ。
あの日以来、達真の周囲で似たような、不可解な現象が発生するようになっていた。
例えば通学中。服を新調したという妖精がニヤニヤともったいつけてくるのに苛立っていると、とうとうそれを披露した瞬間、彼女は謎の上昇気流に煽られ天高く飛んでいった。
さらに翌日、今度は達真好みの格好をしてみたと言い、参考書として達真所有の本を取り出そうとした時、何かに叩きつけられて地面にめりこんだ。
被害は妖精ばかりではなく、公園に行けば鉄棒が折れ曲がり、河原に行けば水に電流が走り、商店街では通りかかった店の生肉がこんがり焼かれ、逃げ込んだ廃工場のいくつかがバラバラに解体された。
学校内でも、達真の横にある教室の壁に大穴が空いたり、被服室の針が一斉に達真へと殺到したり、しまいには無数の槍が降り注いだりした。もちろん達真の周囲にだけ、だ。
達真自身に怪我がなかったのは、奇跡的なことだったかもしれない。
ただ――そのせいで達真は、危険人物として認識されるようになってしまったが。
「避けられている気がする」
そう実感したのは、ある朝の通学時だった。
「そんなことないわよ。ちょっと驚かれてるだけよ」
しかし達真の呟きを、一緒に登校する幼馴染がすぐに否定した。
……ただし、十メートルは離れた後方から。
「遠いよ!」
「だってなんか危ないし」
「その態度でハッキリ自覚したんだ!」
後ろに向かって叫んでから、やれやれと吐息する。
しかし危険だというのも理解はできる。流石に奇妙ではあった。こうも立て続けに、自分の周りでだけこんな現象が起きるはずがない。少なくとも偶然には。
ましてこれまでの全ての現象は、原因が解明されていない。いくつか、特に学校で起きたものは警察が調査したが、ハッキリした原因は不明なまま、曖昧に打ち切られた。
達真は今まで、全て妖精のせいだと思っていたのだが――これほどに奇怪な嫌がらせを行うとは考えがたいような気もし始めていた。ましていくつかは、一歩間違えば達真が死んでいたのだ。いくら妖精でもそんなことはしないだろう。
「どういうことなんだろうなぁ」
後方の幼馴染に大声で相談することはできず、ひとりで首をひねる。とはいえ結論は出そうになかったが――
「よう、達真」
しゅたっ、と。突然、楓が現れた。なぜか塀の上にいて、飛び降りてきたらしい。
実のところ彼――いや彼女は最近、毎朝こうして登校に混ざるようになったのだが。
「またか」
と達真が呟く間に、すぐ隣に並んでくる。今までは千聡が立っていた位置だが、彼女は十一メートル後方にいた。
「おはよう。今日もいい天気だ」
「そうだな」
適当に相槌を打つ、達真。そのまま十歩ほど歩いてから……思い悩むように、言う。
「思うんだが、楓」
「どうした?」
「……近くないか?」
横目に見れば、ほとんど肩が触れるような距離だった。時々、風に煽られた際には当たっていたくらいだ。
しかし楓は全く平然と、クールな声音のままで。
「性別を無視すれば、このくらいの距離でいても不思議ではないだろう?」
「男でもあんまり、この距離はないような」
「男同士なら例えばこう、肩を組むこともあるだろう」
言いながら、楓は実際に肩を組んできた。
そのおかげで吐息がかかるほど、ふたりの顔が近付いて――ハッと、お互い咄嗟に顔を逸らし、腕を離したが。
「ま、まあ、そういうことだ」
「どういうことか全然わからんが……」
「つまり――そうだ」
ぽんと手を叩き、言ってくる。
「最近、何かと危険だろう? 今度は銃弾が降るかもしれない。手助けが必要ではないか?」
「そりゃまあ……助けてもらえるならありがたいけども」
そうだろうと、うんうん頷く楓。それで大義名分を得たように、やはり肩が触れ合う距離に近付いてきた。
しかし今度は、後ろから声。
「って、ちょっと待ちなさいよ! なんか私、除け者になってる気がするんだけど!」
慌てて、千聡が駆け寄ってくる。達真はそれを聞いて立ち止まり、振り返った。
直後。
「勇者様、ちょっと気になる話が――」
と言いながら、渦と共に空中に顔を出した妖精が、ごつんっと千聡と激突した。
さらに同時。
「ひああああああ!?」
千聡はまるで頭突きの反動のように、十数メートル後方に転がっていった。ついでに妖精も悲鳴を上げて、異世界の中へ戻っていったようだったが。
「……ところで楓は、俺を避けないのか?」
「こんなもの、オレにとっては危険の範疇ではない」
どこからか降ってきた矢を、楓は二本の指で受け止めてみせた。
---
「ところで勇者様」
「のおあ!?」
妖精が現れたのは、昼前。休み時間でのことだった。
思わず声を上げてしまったので何人かの生徒がこちらを向くが、それは適当に誤魔化し、改めて妖精の方を向く。
彼女は机の下、達真の腰辺りから顔を出していた。
「なんでお前はそんなところから出てくるんだ」
「急ぎだったんです。でも気を遣って、半分だけにしておきました」
確かに、下半身は渦の中に入ったままだった。余計に悪いように思えるのは、千聡が「どうしたの?」と覗き込んできたせいだろう。妙に気恥ずかしかった。
ともかくそうした千聡と、身を屈める格好の達真が見つめる中、妖精は言ってくる。
「それで、今朝言いかけたことなんですけど」
「そういえば、なんか気になる話があるとか言ってたな」
覚えていたのは奇跡的なことのように思えた。確かにどこか慌てていたようでもある。そのわりに今まで現れなかったのは、移動時間のせいか。
妖精と千聡はその時のことを思い出したのか、ふたりで一緒に額をさすり始めたが、ともかく続けてくる。
「実は、魔物の残党が減っているらしいんです」
「減ってる? いいことじゃないか」
「そうなんですけど、違うんです」
珍しく考え込むように、眉を潜ませる。
「まだ何もしていない地域の魔物まで、いなくなっているみたいで」
「逃げたんじゃないのか?」
「そりゃ、その可能性もありますけどー」
いまいち望んだ反応を得られないせいか、妖精は口を尖らせてきた。
とはいえ達真も素っ気無く返しながら、その実、奇妙ではあると考えていた。
そして同時に――何かとても、嫌な予感がするのだ。だからこそ楽観的な答えを返したとも言える。
(魔王に続いて、魔物まで消えた?)
これは図抜けた楽観主義者であれば、魔の消滅とも取れるかもしれない。しかしそうでなければ、意図的なものに思えて然るべきだろう。
そしてその意図は、いくつか推測できた。目の前で同じように眉をひそめている千聡も同じ考えなのだろう――
”別の場所”に移動したのではないか、と。
直後。
「た、大変だ! 怪物が、怪物が出たー!」
廊下から、そんな声が聞こえてきた。
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