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第20話

■4

「いよいよ最後の四天王ですね!」

 などと盛り上げてくるのは妖精だが、達真の方はといえば、いまひとつだった。

 仕方ない。いくら脅威を実感したとはいえ、見た目にはただ叫ぶだけなのだから。一応、武器が棒きれから木剣に変わっているとしても、だ。

「やっぱりもう少しくらいは戦いっぽいことがしたいよなぁ」

「また向こうに行く気ですか?」

 妖精がニヤニヤと、明らかに嘲る顔で言ってくる。

 もちろん非常に不愉快ではあったが、かといって反発できるはずもなく「魔王を倒したらな」とだけ返したが。

「ともかく、今から行くのはその、最後の四天王のところだよな?」

「はい。町の民を暴徒化させるという卑劣な手段を使った魔物です! まあ卑劣という点では勇者様には及びませんが」

 無視するつもりで、達真は顔の横を飛ぶ妖精から目を逸らした。

 すると視界からは妖精が消えただけではなく、見える景色そのものが大きく変化する。

 今までは田畑の並ぶ田園風景だったものが、工場で埋め尽くされた窮屈な景色へと。

 それはある種の予兆とも言えた――達真が踏みしめる、申し訳程度に舗装された道路の先は、町の北部へと通じている。

 そこは工場地帯だった。どれも町工場程度のものではあるが。

 ゴウンゴウンと蠢く重低音を響かせる建物の群れの脇を通り抜けながら、達真は尋ねる。少し声を大きくする必要があったが、そうしたところで誰も聞きとがめはしないだろう。そうでなくとも、通行人の姿などない。

 かなり急いだ様子の軽トラックの類が時折通るだけだ。

「なあ。いまさらなんだが、どうして四天王を倒してるんだ?」

「敵だからです」

「……聞き方を変えよう」

 即答されて、達真は苦笑に頷いた。

「千聡が最初に言ってたけど、なんで魔王から倒さないんだ?」

「簡単なことです」

 と、これにも妖精は即答してきた。

「魔王は自分の拠点の周りに結界を張っていて、その居所が掴めないんです。そして結界を張っているのが四天王なので、まずはそっちから倒す必要があるんですよ」

 その情報は自分が手に入れた、と妖精は得意げに胸を張ったが。

「三人倒したんだから、もうだいぶ弱まってるんじゃないのか? その結界とやらも」

「どうせなら無くしちゃった方が楽しいじゃないですか。今まで散々わたしたちを苦しめてきた分だけ、今度は魔王を丸裸にして恐怖させてやるんです!」

「いやまあ……いいけどさ。どうせこっちから安全に倒すんだろうし」

 いまさら妖精の悪趣味には取り合わないことにして。しかしふと、達真の頭にもう一つの疑問が浮かぶ。

「なんで四天王は隠れてないんだ?」

「隠れてこそこそ軍隊だけ送るなんて卑怯だからじゃないですか?」

「……今、たぶん俺のことを批難したよな」

 じとりと睨むと、彼女はけらけらと気楽に笑った。

「大丈夫ですよ。魔王も隠れてるので五分五分です」

「なんのフォローにもなってねえよ!」

 そんな話をしていると。妖精が不意に空中で止まり、「ここです」と目の前の建物を指差してきた。

 大量の工場がひしめく区画の奥にある、廃工場だ。

 他と同じく灰色の壁は、他と同じく古びている。

 あるいはそれよりも一回りひどいだろうか。

 入り口のシャッターがひしゃげて、人が通れる程度に開いていた。中からは当然だがなんの音もなく、達真は恐る恐るとその中へ入っていく。

 鉄錆と埃の悪臭が鼻をつき、顔をしかめる。幸運だったのは天井が崩れていたことだろう。おかげで廃工場とはいえそれなりに明るかった。

 中はほとんど、がらんどうと呼べる状態である。

 主だった機械類は全て回収されたに違いない。ただ、壁や地面に取り付けられ、回収に手間のかかるものは放置されているようだった。

 いくつかの、それだけでは用途がわからない、そしてそれだけでは機能しないのだろう、箱型や円筒形の大きな鉄塊が見つけられる。

 また、ゴミを放り込む場所としても使われた形跡があり、いくつかの壊れた工具や、時には古いゴミ袋までが端々に転がっていた。

 そのせいか、窓ガラスという窓ガラスは割れ、廃工場に似つかわしくないほど、陽光を美しく反射させている。

 それらにライトアップされるように、壁には書かれた無数の落書きがあった。

 達真はその落書きを見て――嫌な予感に襲われた。

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