第16話

 武器を手にして、達真はとうとう旅に出た。

 向かうのは第三の四天王が支配する地。

 もちろん、元はフォーラング国の領地だったはずだ。

 そのため途中までは町を繋ぐ乗合馬車を利用できた。その道中だけで既に二日を要していたが、仕方ないことだろう。地球ではなかなか見ることのできない荒野や草原、さらに全く見られない異世界の動物、時には地球となんら変わらない空や空気にいちいち感嘆しながら、達真はそれなりに旅を楽しんでいた。

 整備などされていない凹凸の激しい道で何時間も馬車に揺られるため、二日目には流石に余裕もなくなっていたが。

「ま、こういうのも異世界の冒険っぽいよな」

 馬車の通れない地域までやって来れば、あとは必然的に徒歩での移動となる。

 乗り物酔いの心配はない、だが遅々とした進攻の中、達真は呟きながら辺りを見回した。

 樹林である。見たことがない薄紫色をした針葉樹が立ち並ぶ、不気味な林。木漏れ日すらも奇怪な色に染まっているように見えて、ますます気味が悪いものの、確かに異世界という雰囲気は存分に醸し出されている。

「わたしにとっては日常ですけどね」

 宙を舞いながら、妖精は気楽に返してきた。

「ここにも来たことがあるのか? 侵略された後に」

「そりゃありますよ。偵察とか。危なくなったら違う世界へ逃げられるので、安全ですし」

「お前も大概反則だな……」

 呆れるように苦笑して、樹林の道を歩く。

 獣道ではない。そこには確かに道が存在していた。

 木々の海を割ったように、馬車一台分ほどの幅があり、微かに積み重ねられた足跡というか、車輪の窪みも見えるような気がする。

 しかし、それでも馬車が通れないというのは他でもなく、ここが四天王の支配地と化しているためだった。

「ここから先は魔物も出現しますから、気を付けてくださいね」

「わかってるって」

 妖精が警告してくる。

 とはいえ何度も聞かされた上、元よりそれを望んでこの世界へやって来たのだ。

 そうだ。ここならばどんなに技名を叫んでも不審がられない。奇異の目を向けられることもない。それどころか、勇者として羨望の眼差しを浴びてもいいくらいだ。

 達真はそうした多少の打算や下心を交えながら緊張と興奮に胸を高鳴らせ――ふと思い出したように、妖精に尋ねる。

「そういや魔物って、どんなやつなんだ? 魔法を使うとか言ってたよな」

「はい。まあ魔法を使う猛獣だとでも思ってくれればいいです。姿形は色々で、どちらかというと肉弾戦が主ですけどね」

「虎とかライオンみたなやつらが、口から炎を吐いたりするのか」

「そういう格好良いのはたいてい強いですね。なんで格好良さと強さが比例するのかわかりませんけど」

 と言ってから、考え込むように顎を引く。

「あとはそうですね。例えば……」

 光の乏しい、根っこや腐葉土、落ち葉の散乱する地面を見下ろす妖精。すると何か思い出したのか、「あ」と声を上げて手を打った。

「擬態したり、保護色になったりして近付いてくるのもいますよね。それでこっそり獲物を狙うような」

「カメレオンみたいなやつか。その手合いも厄介だな。よほど気を付けてないと不意打ちを食らうし」

「はい。だから――」

 妖精はあくまでも暢気に、言ってくる。なぜか高速で後退しながら。

「勇者様も早く逃げた方がいいと思いますよ」

「へ?」

 直後。すがああああっ!――と爆発のような音を立てて、達真の足元が破裂した。

 その勢いで押し上げられ、宙を舞い……妖精を飛び越えて、べちゃりと地面に落下する。

 正面を向いて落下したのが幸運だったのか否か。あるいは地面が柔らかかったおかげだろう。達真は全身に痛みを走らせながらも、意識は保っていた。

「ぶへ、げぇ……なんなんだよ、いったい!」

 ぺっぺっと土の唾を吐き出して、抗議するように振り返る。

 そこに見えたのは――二足で立つ熊だった。

 いや、正確には熊ではあり得ないだろう。頭いくつ分が大きいずんぐりとした身体が、熊のように見えたのだ。

 しかしその体表を覆っているのは、明らかに毛ではなく、苔だった。気味の悪い緑色をした植物が輪郭を埋め尽くしている。

 さらに最も不自然なのは背中だ。そこには痩せこけた羽のように、木の枝が生えていた。

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