三章:都合によりお届け場所は前後する場合がございます。

第14話

■3

「異世界へ行きたい!」

 その日の朝。達真は妖精の姿を見るなり、そう言い出した。

「うわ、なんですか急に。久しぶりに来てみれば」

 渦の中から顔を出した妖精は、まだ身体の半分ほどを渦の中に残したまま驚愕した。

 妖精は常に地球にいるわけではなく、好き勝手に異世界へ戻ったり、地球へやってきたりしている。そのため、達真はそれを決意してから、実際に妖精に伝えるまで、二日ほどを要してしまったのだが。

 おかげで逆に、決意が揺ぎないものになったとも言える。

「俺はもう異世界に行くんだ! そっちで冒険する!」

「なんですか、駄々っ子みたいに。しかも言ってることが完全に子供ですし」

「うっさい!」

 にゅるっとようやく全身を現した妖精に犬歯を見せて、達真は言う。

「このままだと、たぶん俺の心が折れる! そして遠からず捕まる!」

「心が折れて自暴自棄になったからといって、裸にトイレットペーパーの芯という格好で、『俺の股間の聖剣がー』などと叫ぶのはどうかと」

「やってねえしやらねえよ!?」

 叫ぶ。しかし単純な否定ではなく「ただ……」と付け加えて。

「実際のところ、なんかもう似たようなものなんだよな……」

「別にいいじゃないですか、安全で確実な攻撃方法なんですから。それをわざわざ危なくしなくても」

「違う意味で危ないから言ってるんだ」

「あと面白いのに」

「い・い・か・ら・行・か・せ・ろ!」

 小さな妖精の身体を両手で掴み取ると、彼女は「ぐぎぇ」と悲鳴を上げたが。

「わ、わかりましたよ、もう……まったく、わがまま勇者様なんだから」

 ぶつぶつと文句を垂れながらも、妖精は渋々と承諾したようだった。

 達真の手から解放されると、準備体操のように肩や首を回してひらひらと宙を舞って。

「じゃあ、適当に扉を開けますから、適当に入って来てください」

「説明が雑だな。気を付けることとかないのかよ」

「別にハエと一緒に通っても混ざったりしませんよ。ただの扉ですからね」

 そういうもんか、と納得する。

「勇者様の大きさからすると、ちょっと小さいかもしれませんけど、押し込めばちゃんと入りますので安心してください」

「……なんか卑猥だな、それだけ聞くと」

「勇者様の秘密の本を見て勉強しました」

「しなくていいわ!」

 叫ぶ達真の声は無視して。妖精は達真の腰辺りの位置で、勢いをつけて顔を突き出した。

 すると突然、その顔が虚空の中に沈んで消える。そこにいつもの、異世界へ通じる渦が生まれていた。

 音もなく、黒い、ところどころおぞましい青色にも見える、空中にできた渦。ブラックホールを連想させるそれの中に、妖精は身体を飲み込ませていく。

「さあ勇者様、わたしの小さなの穴に、その巨体を挿入させてください」

「…………」

 言葉は無視することに決めて。

 達真は意を決し、渦へ向けて腕を突き出した。

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