第13話

「だってあの女、前にわたしのことを性格が悪いとか言ってたんですよー」

 というのが、妖精の言い訳だった。

「しかも城の兵士なんですけど、自分は恋愛なんかに興味ない、みたいな雰囲気っぽいのをわたしが勝手に感じ取っていたのに、非番だからってデートなんかして。辱めたくなるのも当然じゃないですか!」

「やっぱりこいつは魔王の手下なんじゃないだろうか……」

 まずこの妖精を倒すところから冒険が始まってもいいのではないか、と達真は本気で考えながら頭を抱えていた。

「実は今までの四天王退治も、憂さ晴らしに使われていただけなのでは……」

 という気さえしてくる。

 なにしろこっちは、敵が見えないのだから。妖精の言うがままだ。

(まあ相手も俺が見えないどころか、相手の方は反撃もできないんだけど)

 妙な用途に使われたからというわけではないが、いまさらにその反則っぷりを実感する。

 そして同時に、達真の中にある”思い”が芽生え始めていた――

「改めてだけど、これって俺には全くリスクがないんだよな。精神以外」

 何度か繰り返した気がする、いまさらの問いをもう一度告げる。

 妖精は気楽に頷いてきた。

「はい。技だけが向こうに届きますから。恐ろしいほど有利っていうか、なんかもう卑怯ですよね」

「卑怯って言うな」

 じとりと睨む。が、妖精はやはり気楽に。

「安心してください。勇者様がどれほどずるくて卑怯で卑劣で愚劣で劣悪で悪辣で悪逆で非道で意地汚くても、私だけは勇者様のことをまあ辛うじて応援したりしなかったりすることに前向きな意見を持っていますから!」

「妖精ってぶん殴っても犯罪じゃないよな、たぶん」

 とはいえ。散々な言われ方をしたからというわけではないが、達真はやはり考える。

 心に芽生えた思い。

 つまりは――本当にこれでいいのだろうか、と。

 武士道などと言うつもりはない。しかし、このままだとまずいような気がしていたのだ。何か、しっぺ返しのようなものを受けてしまうのではないか。

 そうした漠然とした不安を抱き、達真は歩きながら、ぐるりと辺りを見回した。

 丁度、住宅街へと入っていく分かれ道を通り過ぎようというところで――

「あれ? 達真じゃない、何してるのよ?」

 そこから歩いてくる人影に呼びかけられた。

 足を止め、改めてそちらを向けば、そこにいたのはふたりの見知った顔だった。千聡と、その友人だ。……友人の名前は覚えていないが、髪を左右に結んだ姿だけは覚えていた。

 ふたりとも当然として制服ではないが、取り立てて飾り立てた格好というわけでもない。特に千聡の方は、どうでもない灰色のパーカーに乳白色のスカートという姿だった。

「お前、出かけてるんじゃなかったのか」

「出かけたからここにいるのよ。ご飯も食べたし、釣りでもしようって言われて」

 と、千聡は友人の方を指差した。釣竿も何も持っていないように見えたが、彼女はそれを指摘されるより早く、ポケットから釣り糸と餌の箱を出してみせる。「これだけあれば十分じゃけえの」などと言っていたが。

「ところで」

 呆れるような感心するような心地でいると、千聡がこっそりと近付いてきた。

 耳打ちする距離で、

「さっき、公園に変質者が現れたって噂を聞いたんだけど」

「…………」

 気まずく沈黙を返すと、幼馴染はそれで全てを理解したようだった。落胆するような半眼を向けて、さらに恐る恐ると聞いてくる。

「まさか、今も?」

「今は……ちょっと違うから、大丈夫だ。少なくとも変質者には見られていない」

「あ、そうなの?」

 安心したらしい。彼女はほっと視線を和らげて、少しだけ身体を離した。

 しかし――その間に割り込むように、妖精が口を開きやがった。

「勇者様は、見知らぬデート中の女の人を聖剣で突き上げてあへぇってさせてました」

「わざと言ってるだろ!?」

 慌てて叫ぶ。が、千聡の方を見ると、彼女はほっとした顔のまま固まっていた。

 そして逆再生のように友人の方へ戻っていくと、「何しとんじゃ?」と尋ねて傾げる襟首を掴み、後ろ向きのまま異様な早足で住宅街の中へと引き返していく……

「って待て、誤解だ! っていうかわかるだろ!?」

 と言った頃には……既にふたりは見えなくなっていた。

「まあ、言うほど誤解ではないですしね」

「…………」

 達真はそんな妖精の追い討ちなど無視して、無言で頭を抱えてうずくまった。

 そして通り過ぎていく通行人に、結局は奇異の目を向けられながら――

(やっぱり、これじゃいけない気がする)

 芽生え始めていた気持ちは、既に巨大な決意と化していた。

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