第8話

「なんだと!」

 それは驚愕の声だった。

 その拍子に玉座から立ち上がろうとして――しかしやめる。

 理由は単純だ。全身が包帯まみれなので、立てなかったのだ。

 なんにしろその男、フォーラング八十世こと、カシオン・フォーラングは驚愕の中に歓喜を含めた。包帯の上に無駄に豪華な白と金色の刺繍が入った赤い服を着込み、毛皮のついた赤いマントを羽織った、寸胴な体躯には似合わない無駄に尊大な格好で。

 しかし念には念をと、その事実を伝えてきた兵士に、改めて問う。

「本当に、四天王を倒したというのか!」

「はい。例の妖精が自らそれを伝えてきて……確認したところ、間違いなく西の四天王が黒焦げになって息絶えた、と。それに乗じて我が国の最前線部隊が攻勢に転じ、既に二つの村を取り戻したとの報告が入っています」

「なんということだ」

 それは間違いなく歓喜だった。いつもは説教臭い声を、今は上ずらせて喜ぶ。上ずった理由の半分は、顎まで怪我をしているせいではあったが。

「まさか……まさかあの妖精の導いた勇者が、本当に戦果を挙げるとは」

「五十人目にして初めてのことです。以前に最も近付いた者は、二十三人目の配達業者くらいですから。まあ彼は我々の書いた不幸の手紙を四天王のもとに送り届けただけで解任されましたけど」

 そのせいで、彼に郵便物を届けられると魔物に襲われる、という奇妙な噂が付けられてしまったようだが、さておき。

「あの無能妖精が、まさか本当に仕事をするとは思わなかったな」

「まったくです。人のプライベートを覗き見て脅すだけの悪辣妖精ではなかったんですね」

「ああ。単なる給料泥棒だとばかり思っていたが、とうとうそれが他人の家の窓ガラスを割って『金ならくれてやるからいいだろうが!』と高笑いするためのものばかりではない、とわかってくれたのだろう」

 玉座の下で跪く兵士とふたり、はらはらと涙をこぼす王。

 と、その頭が突然、蹴り倒された。

 そして玉座から転がり落ちた王の背後に小さな黒い渦が生まれると、そこから半眼をした妖精がにゅっと顔を出して、

「あんまり余計なこと言ってると、地球から勇者砲を撃ち込みますよ」

 と告げて引っ込んでいった。

 しかし王は、そんな脅しなど全く無視してやった。

 当然だ――白目を剥いて泡を吹いていたのだから、聞けるはずがない。


---


「なんだと!」

 それはやはり、驚愕の声だった。

 そしてやはり、その拍子に玉座から立ち上がろうとして、やめる。

 理由は単純だった――それほどのことではないからだ。

「遂に、か」

 闇の中、その者、いや”者”と呼んでいいのかもわからない、邪悪の塊が告げる。

「遂に王国も本気になったというわけだな」

 闇。暗闇の黒に包まれ、姿も見えない闇の中、声までも闇に溶け、闇そのものとして聞こえてくるようですらある。

 「くくく」と低く笑うと、その闇は、邪悪は、目の前にかしずく別の小さな闇に向けて語りかけた。

「なぜ私が、奴をあの地へ配置したと思う?」

「わかりかねます」

 小さな闇が即座に告げてくる。無知無能を曝け出すことは、それほど間違ったことではない。特に眼前にいるのが、絶対主であるならば。

 だからこそ、強大な邪悪は気を悪くすることもなく答えてやった。無能な部下に教えてやる必要がある――

「最も殺されやすいから、だ。奴は死ぬことで役目を果たす」

「捨て駒、ということでしょうか」

「お前が弓矢を用いる時、その矢を『捨てている』と言うのならば、そう称しても構わん」

 小さな闇は深く平伏したようだった。失言を恥じたのか、邪悪の寛大さに感服したのかはわからないが。

 いずれにせよ、邪悪は言う。何も見えない暗闇の中で。

「さあ、これより真の戦いの幕開けだ!」

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