第7話

 辿り着いたのは、住宅街である。

 通学路を引き返し、町の北から南へと流れる川を横目に下っていった――のちに、さらに西へと進んだ先。

 つまりは。

「ここ、さっきの場所から少し南に行っただけだよな」

「なんで一旦引き返したわけ……?」

 ふたりで妖精を見やる。

 すると彼女は、「地球の地理なんてわからないしー☆」などとわざとらしく笑ってきたので、いつか殴ることに決めた。

 さておき。

「で……本当にここで、やるのか?」

 やることはわかっている。だからこそ疑わしく、そして嫌そうに言う、達真。

 周囲の状況は先ほどと大差ない。少し違いがあるとすれば、遊びから帰宅する小学生や、さらにもっと小さな子を連れて帰る途中の主婦、くだびれたスーツでとぼとぼと歩く中年男性などの姿が見えることくらいだった。

 それは間違いなく大問題なのだが――それを全く無視するように、妖精が言う。一応、千聡の身体に隠れながら。

「もちろんです! 四天王はすぐそこにいるんですから。あ、ほらほら、今勇者様が立ってる辺りです。いい感じに融合してますよ」

「うおあ!?」

 思わず飛び退く。

 もちろんそこには――少なくとも地球上のその場所には誰もいないのだが。

「なんで融合する場所に立たせてんだよ!」

「面白かったので」

(殴る時は棒とか使おう)

 決意を改めるが、妖精はあくまでもそんな達真の気持ちを無視して続ける。

「ほらほら、早くしないと日が暮れちゃいますよ」

「むしろ暮れた方がいいような気もするが」

「夜中にやったら余計にアウトじゃないですか? たぶん通報とかされますよ」

「…………」

 指摘されて、達真は沈黙した。いずれにしても避けては通れないらしい。

「ええい、わかったよ! やればいいんだろ」

 ヤケクソに、達真は叫んだ。

 そして妖精から、また拾っていたらしい木の棒を受け取って構える。

 やることはわかっている。つまりは――

「いくぞ! 千聡から伝授された必殺技!」

「私の名前出さないでよ!?」

 抗議は無視して、達真は叫んだ。

「必殺、雷刃崩落断!」

 言葉が力を持ち、力が言葉を持つというのか。

 日差しを見せる空がその瞬間だけ、漆黒の雷雨に包まれたように暗転した。そして次の瞬間には、一筋の光を地面に叩き落とし、世界を絶望的な白色へと変貌させる。

 振り下ろされた刃はまさしく稲妻の如く虚空を割り裂き、断裂が電流となり、電流が炎となり、炎が死となって、世界の色とは正反対に標的を、色彩を持つ生物から黒色の炭へと変貌させた――

「…………」

 というナレーションを胸中で演じてみたところで、現実には空は晴れ渡るままだし、敵はいないし、刃ではなく木の棒である。

 見えるのは倒れた敵ではなく、住宅街。近隣の家の窓が微かに開き、そこから覗かせてくる奇異の目だけ。

 そして聞こえてくるのは断末魔の悲鳴ではなく、ひそひそとした人間の忌避の声だった。

 しかしそれに混じって、無闇に嬉しそうだったのが妖精の声だ。一応、人目を気にしているのか、側溝の近くに奇妙な穴――異世界に通じるらしい扉を開けて。

「やりましたよ、勇者様! 四天王丸焦げです! なんかもう身元とかわかんないくらいグロテスクな死に様ですよ! 炭化してちょっと縮んでますし」

「……俺が死にたい」

 棒を振り下ろした格好のまま、達真は涙目で呟いた。

 と、その時にふと気付く。そういえば――

「あれ? 千聡は?」

 いつの間にか、幼馴染の姿が消えていた。それを探して辺りを見回すと……

 彼女は全く無関係であるかのように、近くの脇道に入り込もうとしていた。

「って待て、逃げるな! ずるいぞ!」

 慌てて追いかけて飛びつくと、彼女は顔を真っ赤にしながら拒絶してくる。

「ち、近付かないで、全く見知らぬ無関係の人!」

「幼馴染だろ!? というかあの技も効果も、お前が考えたやつだぞ!」

「あーあー聞こえないわからないー! 私は異世界の住人だから地球人の喋る言葉なんてわかりませんー!」

「それは余計にアウトだと思うぞ!?」

 引き剥がそうとする少女と、なんとか食らいつこうとする少年。端から見ればそれもかなり危険な状況ではあったが、既に他の人々は見ないように、目を合わせないようにしていたのかもしれない。

 それが幸か不幸かはさておき。人目がないと判断してか、妖精がふよふよと飛んでくる。

「まあまあ。おかげで無事に四天王のひとりを倒せたんですから、いいじゃないですか」

「ちっともよくない気がするんだが……」

「私、次からは同行しないことにするわ……」

 ふたりで顔を真っ赤にして呟き合う中。ただひとり、妖精だけが上機嫌だった。

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