第6話
それが現実のものとなったのはあまりにも早く、帰り道でのことだった。
「さあ、勇者様の時間ですよ!」
授業を終えて、学校を出るまでは確かに大人しくしていた妖精が、突然そんなことを叫びながら飛び出してきたのだ。見てみれば鞄に妖精と同じ大きさの穴が空いていた。
しかし怒ろうと思うよりも早く、彼女が言ってくる。
「勇者様! 早速、わたしの世界を救うための旅に向かいましょう」
「旅って、異世界の?」
と聞いたのは達真ではなく、隣を歩く千聡だった。
「うわ、なんであなたまでいるんですか!」
「いるに決まってるでしょ、幼馴染なんだから」
お互いに部活をやっていない上、住所がほぼ同じとなれば、意図してずらさない限りはたいてい帰りが一緒になる。まあ今日は、千聡の方が友人の誘いを断ってついてきてくれたようだったが。
「けど旅って、俺はこっちにいてもいいんじゃなかったのか?」
「もちろん、わたしの世界になんか行きませんよ。勇者様の住むこ町で、敵のいる場所まで移動するんです」
「こっちで移動する必要はあるんだな……」
「そりゃ、どこへでも自由な場所に撃てるわけじゃないんですから。場所はシンクロさせないといけません」
微妙に面倒な――というより、旅をしている感がない分、こちらの方が厄介にすら思えてしまうが。
「ということは、つまり異世界と地球は同一座標に、ある種のパラレルワールドとして存在してるってこと?」
「あ、なんかまた面倒な人が面倒なことを聞いてくる!」
千聡と問いから逃れるように、妖精はくるくると飛び回った。耳を塞いで「聞こえない聞こえないー」などと喚き、千聡を不服にさせたようだったが。
「じゃあせめて、その敵って誰なのよ? そろそろ魔王?」
「早すぎますよ! そんなにあっさり魔王と戦えたら苦労しません」
しっかり聞こえていたらしい。答えられると判断して、彼女は素早く降りてきた。腕を組み、口を”へ”の字に曲げながら、ちょっとは考えてくださいと叱ってくる。やはり千聡は不服のようだったが。
「まあ、そりゃそうだよな。最初はもっと小さな敵を倒していかないと。雑魚モンスターの親分とか、廃城に居着いた小物とか」
「四天王です」
「早すぎないか!?」
今度は達真が、驚愕に叫んだ。しかし妖精はあっさりと言ってくる。
「鞄に押し込められた腹いせです」
「そんな個人的な腹いせで退治していいのか、四天王って……」
疑わしく呻くが、妖精はあくまでも真剣であり、「当然です」と自信満々に胸を張った。
「それに、です。そうでなくても、どうせこっちの姿は相手には見えないんですから、早い方がいいでしょう?」
「そりゃそうかもしれんが」
「というわけで早速行きましょう! 場所は今まで歩いてきた道を引き返してから、南に進んだ先です」
「引き返すのか!?」
後方を指差す妖精に、達真はまた叫びながら足を止めた。そこに見えるのは当然、今まで歩いてきた道である。今朝通ったのと同じ、閑静な住宅街。自宅にも近く、よくよく見れば今朝使った木の棒が落ちていた。肉塊はなくなっているが、染みだけは残っている。
「だって人前では大人しくしろって言われましたし~?」
「うわ、うぜえ」
明らかに嫌がらせの顔で言ってくる妖精に、今度こそ怒りを抱くが……時間は既に夕方である。まだ太陽は出ているが、のんびりしていれば沈んでしまうだろう。
「明日でいいんじゃない?」
「そうやって先延ばしにする間に、わたしの世界は魔王の軍勢に次々と侵略されて……!」
千聡が言うと、妖精は両手で顔を覆ってわざとらしく泣き始めた。時々、チラッと指の隙間から目を出してきたが。
「……わかったよ、行くよ」
やはり大雑把な気持ちで、達真は渋々と頷いた。
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