第5話
そうして辿り着いたのは最上階、四階にある空き教室である。
イーゼルやら彫像やら、雑多に画材が並べられたそこは、元々は美術室だったらしい。新たな美術室ができたため、今は物置のように扱われているが。
達真はそこで、疲れて膝に手を付く幼馴染に、昨夜から今朝までの出来事を説明することにしたのだ。
誤魔化すのを諦めたとも言える。
「――ということがあったんだ」
そして証明として、達真は鞄を開けて見せた。そこには弁当箱や辞書の間に挟まって、逆さまになった小型の人間、いや、妖精がいる。
目を回して「ぴーぷー」としか喋らなくなっていたので、幼馴染が息を整えるのと共に、妖精の復活も待つことにしたが。
「ひどいじゃないですか!」
やがて復活した妖精は、そんなことを言ってきた。もちろん、宙に浮きながら、だ。
「まあ、つまりはこういうことなんだ」
「いや……ごめん、全然理解できない」
当然といえば当然、幼馴染は呆気に取られたような、引きつった顔で首を横に振った。
妖精は「えー」と不満の声を上げると、口を尖らせる。
「こんな簡単なことなのに。つまり勇者様は特殊な力を持っていて、それがわたしたちの住む、いわば異世界を救うための唯一の手段なんですよ。わかるでしょう? わかりますよね? だって簡単ですから」
「むー」
なじるような調子で言われて、怒ったというわけではないだろうが。今度は千聡が不服に呻くと、妖精に向かって言い始めた。
「だっておかしいじゃない。その異世界っていうのはどこにあるの?」
「え? どこって、それは……」
不意に問われて妖精が一瞬、たじろぐ。しかし千聡はその返答を待たなかった。
「あなたはそこからどうやってここまで来たの? それにどうしてそんなところで妙な効果が発揮されるの? あなたが飛んでるのだっておかしいわ。しかもほとんど羽ばたいてすらいないのに。それでどうやって重力に逆らってるの?」
「え、ちょっ、いきなりそんな言われても……えぇと、ほら。だいたいのことは魔力の不思議なパワーで」
「雑だな、おい」
が、千聡は納得せずに続けてくる。
「ファンタジーではよく聞くけど、魔力って結局は何? どういうものなの? それに生物の中にそういった未知のエネルギーが存在するとしても、それはどういう原理で物理力を伴うの? ましてどうすれば全く違う場所に影響を及ぼすことができるの?」
「え、あ、そ、それはですね、えっと……ここは地球で、えぇと、わたしたちの住む世界とは違うわけで……?」
「仮にあなたの住む世界とこの世界とで物理法則が違うものだったとして、それはどういうものなの? そしてそれならどうしてあなたは全く違う物理法則の中で変化なく存在して、変化なく行動することができているの?」
「えと、あの、つまり……」
「それからあなたが不思議な現象と達真を結び付けられたのはどうしてなの? それも魔力によるものだというなら、あなたは魔力が感知できた上にそこから個人を特定できるほどのデータベースを持っているということ? いえそもそも魔力は個人によって波長が違ったりするものなの? それに達真は地球人なんだけど魔力を持っているの? この達真の魔力の波長がデータベースに登録されたのはいつのことでそこには達真の個人情報がどこまで登録されていて例えば達真の好きなタイプとか――」
「うええええん、勇者様ああああ! この人なんか面倒臭いよおおおお!」
謎の質問攻めに遭い、妖精はとうとう泣きながら達真に飛びついた。そのまま頭の後ろに隠れると、すんすんと怖がって涙をしゃくり上げる。
「いや、なんていうか……すまん」
なんとなく同情心を煽られて、達真は頬を引きつらせながら目を伏せた。
千聡は比較的、頭脳明晰と呼ばれる部類の人間である。が、それだけにこういった疑問を抱いてしまうのだろう。
……なじられた腹いせ、という理由もあるかもしれないが。
達真はため息を隠して再び開けると、今度は幼馴染の方に苦笑を向けて、説得する。
「とにかく千聡。こいつの言ってることはどうやら本当らしいんだ。理屈はわからんが、そういうもんだと納得してくれ」
「わかったわ」
「なんであっさり納得するんですか!?」
ショックを受けたのか、妖精が悲鳴のように声を上げた。
その悲痛な叫びが向けられた千聡は「なんでって言われても」と困った顔で頬をかいて、
「達真がそう言うんだし」
「扱いの差……ッ!」
やはり腑に落ちない様子で、妖精は頭を抱えて悶えたようだったが。
「まあ納得してくれたようだから、いいとしよう」
大雑把な気持ちでそう決めて、達真は話を打ち切った。
もうすぐホームルームが始まる時間であることを、黒板の上の時計で確認して。
「そういうわけだから、千聡もこいつのことは秘密にしておいてくれ。妖精も、人前では大人しくしておくように」
「ええ、わかってるわよ」
「えぇー、そんなー」
正反対の反応を見せてくるうち、拒否を示す小人の方に達真はげんなりと向き直った。
「なんでお前はパニックを起こさせたいんだよ……」
「だってわたしの世界は魔王で大変なのに、こっちは平和なんてずるいじゃないですか。ちょっとくらい混沌としてくれた方が」
「大人しくしてなかったら、千聡が納得するまで質問攻めさせるからな」
「ひぃっ!」
即座に告げると、妖精はまた心底嫌そうに頭を抱えて縮こまった。
「な、なんで私の質問がお仕置きみたいになってるの?」
「ほら、さっさと鞄の中に入ってろ。押し潰さないでやるから」
全く無自覚な幼馴染はさておき、妖精を鞄に収納して美術室を後にする。妖精はそれでもぶつぶつと不満を口にしていたようだが――
「今までこんなにフラストレーションが溜まる勇者様なんていませんでしたよ、まったく。何かで解消しないと」
(また何か余計なことしそうだ……)
鞄の中で何かメモを書き始めたらしい妖精に、達真は心底から嫌な予感を抱いていた。
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