第4話
学校内では当然だが、妖精の存在は隠しておいた。
通学用の鞄の中に押し込められるのを彼女はひどく嫌がったが、最終的には辞書と弁当箱を乗せることで、「むぎゅう」と潰れて観念したらしい。
(鞄の中に妖精……)
現実感がないままそう考えて、ぼんやりと教室内を見やる。
実に現実的な、一般的な高校の教室である。
廊下側の真ん中の席という都合上、全体を見回すには身体をひねる必要があるが、後ろを向いたところで非現実が待っているわけではない。
背面の黒板には校歌が記されていた――市立木香高校(しりつもこうこうこう)校歌。
「……言いづらい」
まあこれも日常だ。
「ところで勇者様、わたしはどうしてこんな仕打ちを」
「地球がパニックになったら困るからだ」
鞄の中から聞こえてきた声に、達真はぼんやりとしたまま答えた。
まだホームルームも始まる前の時間であるため、教室内には何人か生徒が見えるだけだ。正面の席でもなければ、聞きとがめられる心配はない。
「誰と話してるの?」
逆に言えば正面の席にいれば、こうして聞きとがめられるわけだが。
「……いたのか、お前」
絶望的な心地で振り返る。そこには椅子の上で正座するようにこちらを向いている、女子生徒がいた。
丸い目をした童顔の少女だ。黒髪が肩ほどまで伸びているが、それ以上にもそれ以下にもなったのを見たことがない。
紺色のブレザーに赤いプリーツスカートという格好は、単に制服だ。
流転千聡(るてんちさと)――達真は彼女の名前を思い浮かべた。昨日は魔王だったが、今は普通の女子高生である幼馴染の名前。
彼女はどこか抗議する目を向けてくる。
「一緒に行こうと思ったら、ひとりで勝手に行っちゃったって聞いて、慌てて追いかけてきたのよ。間に合わなかったけど」
「色々あったんだよ、事情が」
「事情って?」
その問いに答えるべきか、答えないべきか――いや答えないべきだろう。
達真は悩む間も必要なくそう決断したが。
「ふふふ。しかし甘いですよ、勇者様。こんなのわたしにかかれば簡単に抜け出せて……」
再び、鞄の中から声が聞こえてきた。
そして思い出したように幼馴染の少女、千聡が言ってくる。
「あ、また! さっきもこの謎の声と話してたよね?」
「……俺はまだ、夢じゃないかって可能性を捨ててないんだ」
「現実ですよ! ここから出てそれを証明してあげ……あれ、出られない? な、なんで!? 出してー、だーしてー!」
声はとうとう、鞄を内側から叩く物理力まで伴い始めた。机の横で、フックに引っ掛けられた鞄がばすんばすんっと揺れ始める。
「ねえ達真、どう見ても何かいるんだけど」
「…………」
「こうなったら妖精の必殺最終奥義、妖精突撃クラッシャーで!」
「ねえ達真、なんか妖精とか言ってるんだけど」
「ほら勇者様、早く出してくれないとクラッシャいますよ! そして勇者様の秘密の本に意外とサイズ差モノが多いことを――」
「ねえ達真、なんか勇者とか言ってるしサイズ差っていったい」
「だあああああ! 千聡、ちょっとこっちに来い!」
達真は頭を抱えて叫ぶと、千聡の腕と自分の鞄とを同時に掴み取った。
そして即座に、走り出す。
「え、ちょ、何よ、どうしたの!?」
「勇者様、なんか思いっ切り揺れてるんですけど!? そして角が当たるんですけど! 角プレイですか!?」
「ね、ねえ達真、角プレイっていったい」
「だーまーれー!」
混乱するふたりを連れて、達真は校舎内を全力疾走していった。
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