ニネヴェの司書

島野とって

1 アッシリア王いわく

 アッシリア王アッシュール・バニ・アプリ。


 彼は武に長けバビロンを下すのみならず、書物を愛し、獅子狩りの時でさえ葦筆を手放さない文の人でもあった。

 自らの好学を誇りイディグナチグリスのごとき知識の奔流をもたらす。

 当時一流の文化人にして、書記の神ナブーの信奉者である。


 ナブー神は葦筆と粘土板を携え、父たるマルドゥク神の書記官を務めた。

 彼は妻と共に「文字」を発明し、全ての人間の過去と未来が刻まれた「運命の石板」を持つ。


 きっとアッシュール・バニ・アプリ大王は、その石板に憧れたのだ。


 大王が都を構えるニネヴェの宮殿には、広大な図書館がある。

 大王は王位を継いだ後、おのが目の届くありとあらゆる場所から、楔模様の刻まれた粘土板を蒐集した。


 その傲慢なまでの知識欲はとどまるところを知らず、蒐集の対象は文字の書かれた全ての物体に及んだ。

 神話や民話、年代記、法令、手紙、契約書、日記、手引書、占い、走り書き……。

 その他、文字によって記されるあらゆる記録、その断片。

 アッシリア全土に送り出した書記に対し、これら全てを集めるよう厳命したのである。


 まるで、自らの図書館に全ての文字を収めるがごとく。

 人の遺した記録全てを刻むがごとく。


 ナブー神の持つ、「運命の石板」を模するがごとく。


 アッシュール・バニ・アプリ大王は、にとり憑かれていた。

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