44「ラブいの⑦ 恵の品評会」

「おまえ! 天才かよ!!」

「え? え? え? ――なにがです? どうしたんです? なぜそんなにエキサイトしていらっしゃるのでしょう? 部長?」

 京夜は畳の上でじたじたと暴れている部長に、そう声をかけた。

 部長は開口一番、大声で叫んだあと、畳の上で手足をバタバタさせてのたくっている。

 なにこのリアクション? どう応じればいいの?

「えーと……?」

 僕は困ったような目を、紫音さんに向けた。

「君の発想力には、驚嘆を禁じ得ない」

「えーと?」

「いったいどこをどうすれば、女性の髪をブラッシングするなどという発想が湧いてくるのであろうか」

「うちだとべつに普通なんですけど。作中の京夜の家もそうですけど、うちでもリアルで、毎日、霞の――あ、霞って妹なんですけど。髪を梳かさせられてますんで。〝お兄ちゃん、はいやって〟とか、あたりまえのような顔で膝の上に座りにきますよね。世の妹って、どうして兄のことを自分の所有物であり、ブラッシング・マシーンだと思っているんでしょうかね? ――って、ねえ? 聞いてます?」

「い、いや……。うちはさすがに。兄兄【兄兄:ニーニー】ズにブラッシングは……、させないかな。うん。させないね」

「ああ、紫音さんのところもお兄さん、たくさんいるんでしたっけ。あっ――そうか。紫音さんも、妹なんですね」

「――で。部長? 畳の上のクロールないしは平泳ぎは終わりましたでしょうか?」

「す。すまん。ついリアクションが……、じっとしてるのこれ無理ィ!!」

 部長含む皆のエキサイトっぷりに、僕はついていけていなかった。

 なんかウケてるみたいなんだけど……。なぜなのか、よくわかっていない。

 皆の要求で書いた話が、「ラブいの」というオーダーを満たせていたのか、どうなのか、そこが気になるのだけど。

「それで、どうでしょう? これはラブいんでしょうか? どうなんでしょうか?」

「リアクションみろよ。わかるだろ」

「いえ。よくわからないので、聞いているのですが」

「じゃ、メグをみろ」

「ん?」

 部長に言われた通り、恵ちゃんを見た。

 恵ちゃんは一心不乱に、ノートを読み耽っている。

 ずいぶん前にノートは恵ちゃんの手に渡っていたはずなんだけど……。まだ読み終えてないのだろうか?

 あっ……。

 見ているあいだにも、いちばん終わりまでいったところで、また頭に戻って、読み直しにかかっていた。何回読んでるのー?

「えーと……? 恵ちゃん?」

 僕がおそるおそる声をかけると、恵ちゃんは、心ここにあらずという感じで、ぼそっとつぶやいた。

「ずるい。恵――ばくはつして」

「えーと……?」

 僕は助けを求めるように、皆に顔をめぐらせた。

「これって……、どちらの意味になるのでしょう?」

「わかんねーの?」

「ふふっ。わからないのかな? キョロ君? つまり、作中の自分に嫉妬してしまうほど――ということだけど。わかるかな?」

「なぜ嫉妬してしまうのか、そこから、わかっていないんですけど」

 なんでそんなブラッシングとか、そんな程度のことで――。

「ああ。なんなら、やりますよ? いつも家で霞にやらされていますから、慣れてますし」

「えっ?」

 恵ちゃんは、目をぱちくり。

「だから、ブラッシング……っていうか、グルーミング?」

「マジですか!!」

 咆えるような大声で、恵ちゃんが返事をする。

「うわぁびっくりしたぁ!!」

「おいコラ。なに姉に許可なく、人んちの妹の髪を梳かそうとしてるんだ?」

「お姉ちゃん!! いいですよね!! ね!!」

「だめだ許可できん。ラブいの書けとは言ったが、現実でやれとか言ってねえ」

 恵ちゃんは交渉していたが、部長は首を縦に振ることはなく――。現実のほうで〝グルーミング〟が成立することはなかった。

 結局、ラブいのが書けていたのかどうか、なんだかよくわからないまま……。

 さて――。次を書かないとー。次は綺羅々さんの番。

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