G09「ラブいの⑥ 恵」

 いつもの放課後。いつもの部室。

 恵ちゃんの紅茶基地から、いつものようにハミングが聞こえてきている。だが今日の京夜は、ちょっと落ちつかない気分で、紅茶が入るのを待っていた。

 なぜ落ちつかないのかといえば、部長と紫音さんと綺羅々さんとタマとが、用事で来られないと聞かされていたからだ。

 つまり、今日の部活動は恵ちゃんと二人っきり。

 だからべつにどうということもないのだけど。紅茶のおかわりの回数が増えるだろうけど。そのぐらいしか、普段と変わるところはないはずなのだけど。

「もうすぐできますからねー。待っててくださいねー」

 恵ちゃんの上機嫌な声が聞こえてくる。

 そういえば、紅茶を淹れているときって――。恵ちゃん、ハミングってしていたっけ?

 いつもやってたっけ? あれれっ?

「おまちどうさま、ですー」

 紅茶が出てくる。温められた空のカップに、恵ちゃんの手で、紅茶が注がれる。

 最近は砂糖は入れない。昔は、砂糖とか入れていたんだけど。毎日毎日、振る舞われているうちに、なんとなく、なにも入れないほうが美味しい気がして――。ストレートティーのそのままの味わいを楽しむようにしている。もちろん、ミルクティーとかレモンティーとか、紅茶にはそういう楽しみ方もあるので、そうしたときには入れるけど。

 恵ちゃんと差し向かいで座って、紅茶を飲む。

 うーん。――間が持たない。

 京夜のほうは、二人きりという部分をどうしても意識してしまう。

 対して、恵ちゃんのほうは、普段とまったく変わらず、ニコニコ笑顔でいる。

「えーと……、恵ちゃん、オセロでもする?」

 恵ちゃんはこう見えて、わりと負けん気が強い。そしてオセロの腕前のほうは、かなり弱い。京夜とやると、だいたい京夜が勝つ。そうすれば、もう一回! もう一回! となって、気づいたら夕方になっているのは確実なところであり……。

 と、キョロの立てた小賢しく作戦だったが、恵ちゃんは、唇に指先をあてて、んー、と考えこんでいた。

「オセロもいいですけどー。違うほうでリベンジさせてもらっていいですかー?」

「え? 違うほう? リベンジって?」

 オセロ以外で、恵ちゃんのことを負かしたことがあっただろうか?

 恵ちゃんは答えるかわりに、頭の後ろに手を伸ばした。髪をまとめていた髪留め――バレッタを外す。

 じつは解くと長い恵ちゃんの髪が、はらっと流れ落ちる。

「一日中まとめていると、突っぱったり痛くなったりするんでー。本当は、一日一回、解きたくなるんですよー」

 はあ。そうなんだ。知らなかった。――で、なんで髪解くの?

「お願いしてもらってもー、いいですかー?」

 そう言うと、恵ちゃんは、どこから取り出したのか、ヘアブラシを京夜の手にぽんと置いた。そしてくるりと体を回し、京夜のほうに背中を向けてくる。

「え? え? え?」

「ぐるーみんぐ、ですー。リベンジですー」

「え? あ、ああ……」

 ようやく理解した。意味がわかった。

 前に、〝ぐるーみんぐ〟という名称で、皆の髪を順番に梳かしてゆくという〝部活動〟をやった。ノリとしては、なんか罰ゲーム的なカンジ? 京夜に髪を梳かされることが、女子の方々には罰ゲーム的な感じで――全員、一巡していった。恵ちゃんの髪も梳かした。

 だけど〝リベンジ〟の意味は、まったくわかんない。なんのリベンジなの? なぜリターンマッチになるの?

「ふふふ。みんなには、ナイショですよ?」

 背筋をピンと伸ばしてブラシを待つ恵ちゃんは、振り向きかげんに、そう言った。

「みんながいるときだと、ローテーションがはじまって、大騒ぎになっちゃいますよねー」

 まあ……。その通りだけど。

 前のときにもそうだったけど、なんだか京夜には拒否権はない模様。

 京夜は敗北的主義者のポリシーに則って、素早く敗北した。可及的速やかに降参をした。

 つまりぐだぐだと抵抗して時間を無駄にすることなく、ブラシを手に取って、恵ちゃんの背中側に膝立ちになった。

 ブラッシング自体は、家で、妹の霞に毎日やっている。てゆうか、やらされている。

 手慣れた手つきで、ブラッシングを進める。

 はじめのうちは静かに座っていた恵ちゃんだが、そのうちに、「ふわっ……」とか声をもらして、もじもじと姿勢を乱しはじめた。正座した足が痺れているんだろう。

「負けちゃいましたー」

 ブラッシングあるいはグルーミングが終わると、恵ちゃんが朗らかな声でそう言った。

 なにが「負け」なのか、どうしたら「勝ち」だったのか、ぜんぜんわかんないのだけど。

 本日のGJ部の部活動は、恵ちゃんと二人で、「皆にナイショでグルーミング」だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る