G08「ラブいの④ 紫音」
「……というような夢を、最近、見たんですけど」
いつもの放課後。いつものGJ部の部室。
京夜は最近見た夢の話を紫音さんに話していた。
「ふむ。興味深いね。そのKB部という部活動の夢の話は。ところでキョロ君。君は〝胡蝶の夢〟という話を――」
「――あっ。それ。紫音さんから聞きました」
「おや? 私はまだ君に話したことはないと思うけど?」
「あっちの――夢のほうの紫音さんから。KB部のほうの紫音さんです。どっちが現実でどっちが夢なのかわからなくなる、という話ですよね」
「ふむ。その、か……、官能……的なものを手がけているんだったね」
「はい。官能小説家だそうです。一度も読ませてもらってないんですけど」
「しかし、不名誉な。真央がバトル物で恵君が恋愛物で、綺羅々が絵本作家なのはわかるし、イメージ通りと思うけれど。なぜ私が、か、官能……の関係する小説を書いていることになるのかな?」
紫音さんは顔を赤くしている。
あれ? これってなんだか、まずい話題?
「え? 不名誉なことなんですか? ていうか、官能小説って、どういうやつです?」
「し……、知らないのであれば、気にしなくていい。いや、ぜ、ぜひそうするべきだ。気にしないでくれたまえ!」
なんだろう? まあ、紫音さんに言われたまま……、気にしないでおく。
「それにほかのことでもズルいんだ」
「なにがズルいんでしょう?」
「KB部の私は、ポンコツではないそうじゃないか。特に目立った弱点はなく、常識欠乏症にかかっているわけでもなく、その、か、官能……的なものを嗜むこと以外、件店の見あたらない、知的でカッコよい美人のお姉さんということだけど」
「あっ、それはまあ……。普通にコンビニで買い物したことがないとか、電車乗れないとか、SUICA使えないどころか知りもしないとか、普通に女子高生やっていて知らないっていうのは、夢の中っていってもありえないですし、ちょっと無理が――」
そこまで言いかけたところで、京夜は、はっと――紫音さんの顔色をうかがった。
うつむいて、ふるふると震えていて、その顔は垂れ下がった髪に隠れて見えない。
「あっ――!! いえいえっ! べつに紫音さんがありえないって言っているわけじゃないですよ――! ほら! ありえないとかないですから! 紫音さんはこうして現実に存在しているじゃないですか。自信を持ってくださいって!」
「いいんだ……。わかっているんだ……」
紫音さんは、ふらふらーっとパソコン席を離れると、死体みたいな足取りで、コタツのほうに歩いていってしまった。べしゃっと、崩れるようにコタツに収まる。コタツの上につっぷして、ほっぺたをくっつけて、死人のポーズ。
あーあ、と、部長が顔を向けてくる。おまえ、責任とれよな。――と、京夜のことをじろりとにらみつける。
京夜は紫音さんの隣に座りにいった。
「かまわないでくれ。君は夢の中で、その知的でカッコいいお姉さんとよろしくやっていればいい」
「紫音さーん」
「ほーら。シイのやつ、落ちこんじまったー。こいつ、こーなるとメンドウクサイんだよ。しーらない、しーらないっ」
「しおん。げんき。わるい?」
「紫音さーん。美味しい紅茶ありますよー。ケーキもありますよー」
「はっ。ケーキ? ケーキどこですか? タマたべるですよ」
皆がなだめにかかる。正確には部長はなだめていない。寝ていたタマが、はっと起きあがって、ケーキを探している。
「……夢というものには、本人の願望が現れるという。つまり夢で見た皇紫音・完全版は、君の願望が大いに反映されているわけだ。こんなポンコツは放っておいたほうがいい」
紫音さんはまだほっぺたをコタツにつけたまま。
「紫音さ~ん。ほら、ほらっ。夢で見た紫音さんのほうは、こっちの紫音さんみたいに天才じゃないですから。チェスは人間並みの名人級ぐらいしか強くないですしー。本を読む速さだって常人の十倍ぐらいですしー」
「そこについては、君は……好ましいと思ってくれている?」
「もちろんですよー。紫音さんはすごいですよー」
「そ、そうかなっ……?」
「紫音さんみたいなすごい人、僕、会ったことないですよ。前からすごいと思っています」
部長に、ちら、と目をやると、もっとヨイショしろ、アゲアゲでいけ――と、ハンドサインが帰ってくる。
京夜はここぞとばかりにヨイショした。
紫音さんが立ち直って、いつものクールビューティに戻ってくれるまでには、紅茶のおかわり一回分ぐらいが必要だった。
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