40「ファミレスで執筆」

 いつもの放課後。……ではなくて、いつもと違う日曜日の午後。

 いつものKB部の部室。……ではなくて、いつもと違うファミレスの席。

 僕らはそれぞれノートに向かい、かりこりかりこりと小説を書いている。紫音さんだけ、かたかたかた、と、ノートパソコンのキーボードを叩いている。

 ていうか。紫音さん。私物でノートパソコンなんて持っているなんて、すごい。年上のお姉さんって感じがする。デキるOLさんっていう感じ。

「おい。見てんじゃねえよ。執筆しろ。執筆」

「部長のことなんてべつに見てませんよ」

「シイのやつ見てんだろ。わかんだよ」

 目線を上げてもいないのに、どうしてわかるんだろう。

「タマ。ドリンクバー行ってくるです」

「おま。さっきも行ったろ。ていうかドリンクバーでなくて、デザートバーだろ」

 ファミレスといっても、ここはサラダバーのあるような店なので、デザートの種類も豊富。フルーツ各種と、アイスに、ソフトクリームがトッピング付きで食べ放題。

 タマは執筆っていうより、デザートばかり食べている。デザートバー単品の元はしっかり取っている。

「あ。僕もドリンクを――」

「書け」

「はい」

 立ち上がりかけた僕は、部長の一声で座らされた。

 みそっかす扱いのタマは除いて、残りは真面目に執筆をする。

「なぜ今日はファミレスで執筆なんでしょう?」

「部活動だ」

「それはわかりますけど。部室でなくて、なんでファミレスなんですか?」

「それはだな――」

「――真央はこのあいだ知ってしまってね」

 言いかけた部長の言葉を、紫音さんが引き継ぐ。

「作家の中で、特にラノベ作家には、ファミレスで執筆をする層が、少なからずいるんだ」

「え? プロ……とかの人の話ですよね? 仕事場とかじゃなくて?」

「仕事場を持っているラノベ作家は、それほど多くはないようだよ」

「なぜファミレスになるんでしょう?」

「長時間、居座っていられるからではないかな? あと飲み物が提供される。室温が適温に保たれる。色々と理由は見つかりそうだね」

「はぁ。そういえば勉強してる子もいますね」

 まわりを見回すと、同じようにノートを開いている中高生も、ちらほら見える。なので僕たちがノートを広げていても、あまり目立たない。紫音さんだけはパソコンだけど。

「とあるラノベ作家は、言ってたぞー。人目があると、執筆が捗るんだってサ」

「なんでですか?」

 僕は聞いた。本気でわかんなかった。むしろ他人がいないほうが集中できないかな?

「はて? ラノベ作家って、みんなノートパソコンで書いてるみたいだからサ。――仕事してる俺カッケーだろ? どうよどう? ――的なカンジなんじゃね? それで捗るとか」

「ああ。なるほどー」

 僕たちは紫音さんを見た。キーボードを叩く紫音さんは、たしかに、デキるカンジに見えている。

「……おほん。わ、私は別にっ、そういう外面的なことでノートパソコンを用いているわけではなく、ただ単に慣れているツールが、最も効率的というだけで――」

「紫音さん。デキるお姉さんから、ポンコツお姉さんになっちゃってますよ」

「ん。……いけないな。ポンコツはGJ部のほうの紫音だけで充分だね」

「うつっちゃいましたか?」

「うつっちゃったみたいだね」

 そこからしばらく、かりかり、こりこり、たかたか、と、それぞれの執筆音が続く。

「タマの力作を見やがるのですー!!」

 デザートコーナーからの戦利品を、タマが持ち帰ってきた。

「おま。しばらくいないと思ったら、なに力作を作って――」

「パンケーキ六段積み、ソフトクリームのせチョコチップ七色トッピングなのですー!!」

「――えっ、うそっ!? パンケーキなんてあんのっ!?」

 部長が腰を浮かしかける。

 そして恵ちゃんが、うつむいたまま、ふるふると肩を震わせている。

「ああっ……。もうっ辛抱たまりません! 紅茶コーナーあるんですよティーパックじゃなくて茶葉でいれるほう! これから皆さんに紅茶を飲んでもらいますっ!!」

「お、おう……」

 立ち上がりかけた部長が、恵ちゃんの剣幕に押されて、お尻をソファに落とした。

 プロのラノベ作家を真似た「ファミレス執筆」は、あまり長続きしなかった。そのあとはデザートバー食いまくり大会になってしまった。

 やっぱ執筆は部室に限る。……と、僕は思った。

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