H02「増やしましょうよ①」
いつもの青空。いつもの昼間。
いつもの大木の根元で、キョロたちは、いつものようにゴロゴロとしていた。
しかし、このあいだまでとは違う光景もある。
みんながハダカでなくて、毛皮を身にまとっているところだ。
「しかし、このフク? ……とかゆーの? なーんか、ちくちくして、落ちつかねーなー」
族長が言う。胸元を引っぱる。
手を離すと、毛皮は、ぱふっと胸元に戻ってゆく。
「寒くなくていいんですよ。あとケガだって減りますよ。僕ら、自前で毛皮を持ってないから、動物の毛皮を剥いで使えばいいんだって、シオーンさん、ほんと天才ですよね」
「あいつは狩りはからっきしだが、頭はいいからなー」
「私に言わせれば、どうして皆はそんなに頭を使わないでいられるか、不思議なのだけど」
「なー? こいつ、メンドクセーだろー?」
「めんどくさい……」
シオーンさんが、微妙に傷ついている。
「あっ、でもシオーンさんの考案してくれた武器。石オノとかヤリとか、すごい役に立ってますよー。マンモー狩りもすごい楽になりましたし。ねえ、族長?」
「お、おう。そうだな」
キョロは自分を、部族においての潤滑油的なポジションにあると認識していた。
とりたてて特技がない。族長みたいに気合いが入っていない。キララさんみたいに力持ちではない。シオーンさんみたいに頭もよくない。タマみたいにタマイキで愛されてもいない。だったらせめて、皆の潤滑油になろうと思っているのだ。
「シオーンさんの、はつめい? とかゆーもののおかげで、食料もたくさん手に入るようになりましたし。前みたいに、おなかがすいて死にそうになっちゃうことも、なくなりましたし」
「そだな。昔は……、ハラへってたよなぁ」
族長は昔を思い出す顔をする。キョロも昔を思い返してみた。
もっとも古い記憶は、おなかがすいてすいて、ものすごくひもじくて、みんなで身を寄せ合って、膝を抱えて震えていたという記憶だった。
たしか、自分たちのほかに、もっと大きい人たちがいたような気がする。部族はもっと大人数だった気がする。
だけどその人たちは、獲物を獲りに行って、戻ってこなくって……。
自分たちは、その帰りをずっと待っていたのだけど、でも一向に戻ってこなくって……。
おなかがすいてすいて、しかたがなくて……。
そのとき、彼女が立ち上がったのだ。「メシとりにいくぞ! ついてこい!」と、自分たちを引っぱっていったのだ。
彼女のおかげで、自分たちは餓死の危機を脱した。そして彼女は〝族長〟となった。
以来、キョロたちは、彼女のもとでやっている。
食べて寝て食べて寝て、と繰り返して――つまり、生きている。
「おーい。肉、くれー。アタマを使ったら、小腹が減ったぞー」
「はい。ちょっと待ってくださいね」
キョロはお肉の塊から、石のナイフで、大きな一切れを切り出した。木の上の族長に向けて放りあげる。
「お肉、まだまだ残ってますよねー。こんなに食べきれないなぁ。傷んじゃいますねー。もったいないけど」
「いいことだー。おなかがすくよりもー、ぜんぜんいいことだー」
族長はお肉をもぐもぐとやりながら、眠たげに言う。
食べながら寝て、寝ながら食べて、肉がなくなるまではゴロゴロとして、肉がなくなった狩りに行く――というのが、キョロたちの生きかたである。
「ねー、族長ー」
「なんだー?」
「昔、もっといっぱい、人、いましたよねー」
「あー、いたっけなー。よく覚えてないけどー」
「僕ら、食べものにこんなに余裕があるんですから、もっと人が多くてもいいんじゃないかと思うんですよー」
「お? う……?」
「人数が多ければ、狩りだって、もっと楽になりますよー」
「そ、それはまあ……、そうだが……?」
族長は、なにやら不審そうな顔を向けてくる。
枝の上から見下ろしてくる族長に、キョロは、きょとんとした顔を返した。
「どうしました?」
「えーと、おまえな? まさかとは思うケド――」
「ねえ族長。もっと部族の人数、増やしましょうよー」
キョロがそう言ったとき――。
「ぶはぁっ!!」
族長が、突然、食べていた肉を噴き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます