P03「良い海賊のお仕事」
「北北西に進路を取れー!」
「とりかじ。いっぱい。よーそろ。」
船長の指示で、航海長のキララさんが舵輪を回す。
あの舵輪、タマがぶら下がっても回らないぐらい重たいのに、キララさんは軽々と回している。すごい力持ち。
「銛の用意はどうだー!」
「はーい! できてまーす!」
キョロはそう返事をした。
タマと一緒に、船首のバリスタを点検する。テコと歯車で巻き上げる、巨大な鋼鉄の弩には、ぎりぎりと怖いくらいに力を溜め込まれている。家の柱ぐらいある極太の矢を、いつでも発射可能だった。
「やつらにゃ大砲は効かないからなー」
「そうなんですか」
「おう。そうだぞー。軟体生物だから、大砲じゃ弾かれちまうんだ」
船長の言葉に、キョロは、なるほどー、とうなずいた。
僕らは巨大な魔物が出るという噂の海域にやってきていた。
最近、この海域に出没する巨大な魔物。――クラーケンもしくはテンタクルズが、航行する船を襲っているらしい。
もう何隻もの商船が沈められているのだという。
そんな噂を、このまえ立ち寄った港で聞きつけた。
そうしてキョロたちGP【GP:グッドパイレーツ】は、ここにやって来たのだった。
「なんだか僕ら、正義の海賊みたいですねー」
「おい! キサマ! いまなんつった!?」
船長が海賊帽のツバを跳ね上げて、僕に鋭い眼光を向けてくる。
「え? いえですから、正義の海賊と――」
「ばかもーん! 正義の海賊などいるかーっ! 海賊は悪逆非道なのだ! 血も涙もないものなのだ! 世界一の海賊にっ! 私はなるッ!」
「悪逆非道を名乗るのでしたら、船を襲ったときに、ちょこっとの通行料を徴収するかわりに、積み荷を全部奪うとか、ついでに乗ってる人たちも全員売り飛ばしちゃうとか、あいや、身代金を要求したほうがいいのかな? とにかく、もっとするべきことがあると思うんですけど」
「お、おま……、よくそんな恐ろしいこと思いつくよな……。よくやれるな? うっわー。こええ」
ほら。やっぱりぜんぜん悪逆非道じゃないよね。
「あのですね。僕はただ言ってみただけで、べつにやるとかって、言ってないですよ?」
船長たちが引いてしまっているようなので、そうフォローをしてみる。
「そ、そうかっ。そ、そうだよなっ。ほ、本気なわけないよな。あー、もうびっくりしたー。やめろよ。冗談にしても、タチが悪いぜっ!」
船長はようやく笑顔になった。【GP:グッドパイレーツ、1行後】
ほんと、悪党、向いてないよねー。海賊団の名前だって、GPっていってるくらいだし。
まあそのおかげで、僕、この船に拾われて、ひどいめにあわずに、こうして生きていられるわけなんだけど。
僕は海を漂流していたところを、この船に拾われた。なぜ漂流していたのかといえば、それは前の船に密航したからで……。密航者は海に叩き落とすというのが普通なのだった。そしてなぜ密航していたのかというと……。それはまあ、べつの話になるし、長くなるから……。いいよね。
「えーと、じゃあまあ、話を戻しますけど。僕らはいまこうして、怪物退治に来ているわけですが」
「うむ。そだな」
「クラーケンないしはテンタクルズを退治するのは、これ、海賊の仕事ってことでいいんでしょうか?」
僕がそう聞くと、船長は、なにをあたりまえのことを――という顔になった。
「怪物を野放しにしておくと、ここを通る船が襲われっだろ」
「襲われますね」
「そうしたら、オレら、困るだろ?」
「なんでです?」
「船乗りが死んだら可哀想……じゃなくて! んーと、おっほん! ……そ、そう! 俺たちに通行料を払う連中がいなくなったら、オレらのあがりがなくなるからなっ! ほうら! オレら困るだろ!」
「あー、はい。それは困りますねー」
「だろぉ!」
船長は、にぱっと笑った。
もー、この人は本当にいい笑顔で笑うんだから。
キョロは心の中だけで笑った。
この人のために――この笑顔のために、命を懸けようかという気にもなる。
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