P02「海は続くよどこまでも」

 海。海。海。果てしなく続く海。どこまでも続く大海原。

 GP【GP:グッドパイレーツ】号は大海原を航海の真っ最中だった。

「センパイ。甲板掃除の邪魔デス。繕いものは、どっか隅っこのほうでやりやがれですよ」

 ゴシゴシとデッキブラシをかけて甲板掃除をしていたタマが、甲板に帆布を広げて補修作業をやっていた僕を、ゴツゴツとブラシで小突いてくる。

「このへん、あとで僕がやっとくからさ。タマは他のところを掃除しておいてよ」

「なに呼び捨てにしてやがるですか。タマには見習いその1っていう立派な呼び名があるのですよ。センパイはタマのことを敬うのですよ」

 タマは胸を張ってそう言う。それ立派な呼び名なのかなぁ。

 タマが威張れるのは、そこの数字に関してだけだから、僕はタマが小さな胸を張ってみせたときには、「そうだね」と、柔らかく微笑むようにしている。

 帆布の繕いも、甲板掃除も、実際、僕のほうが上手なんだけど。タマはいっつもやり直しを命じられていて、半ベソかいているタマを、いっつも手伝ってあげているんだけど。

「おい、そこの見習い1と2――」

 僕とタマが話しこんでいたら、船長が、ぎろりと目を向けてきた。

「――なにイチャついてんだ? 船上でイチャつくと――アレだぞ。海の女神の怒りを買うぞ。海の女神は嫉妬深いんだ」

「いいい――イチャついてなんかいないですよ! マーちゃんどこに目がついてるですか、節穴ですか! タマはセンパイみたいな頼りないの好きくないですよ! もっと優しくて! なに言ったって怒らないような人がタイプですよ!」

「ふふふ。――タマ。それではキョロ君を名指ししているようなものだね」

 副長のシオン様が、楽しげに笑う。やっぱりシオン様は、いちばん大人の女性という感じがする。僕らはきっと子供に見えているんだろう。多頭飼いしている子犬同士がじゃれ合っているのを、微笑ましく見ている。――そういう目線を向けられる。

「海の女神様はご存じないですけどー、神様なら、こう申されておりますよー。〝スタンド・アンド・ファイト。――勝ったら食ってよし〟」

 いい香りのする紅茶をお盆に載せて運んできたのは、シスターのエルマーさんだ。

 なぜかこの海賊船には、シスターが載っている。神様の〝言葉〟を世に伝えるエルマーさんは、教会の教えと違うことを言うので、教会から〝異端〟とされて追われていたところを、船長に助けられたらしい。

「えー? じゃあ……アレって迷信なんか? 海の神様の話?」

「神様は、あんまり人間界に興味ないですねー。千年単位で現世をチラ見して、『あ。増えてた。減ってた』とつぶやかれているくらいでー。あと本当の神様はじつは二柱だけしかいなくって、他の方々は限定された権限を持つ、上級天使さんなんですよー」

 エルマーさんは、見てきたようにそう話す。

「なるほど! 海の上級管理天使なわけだな! ま――オレたち人間にとっちゃ、神様だけどな! こんど話を聞いといてくれよ! その海の上級なんちゃさんに! 船で、そーゆーコトをしたら、ほんとに船が沈むのかって」

「んんっ――マオ。そこの〝そーゆーコト〟のくだりを、もうすこし詳細に」

「そ、そーゆーコトは! そーゆーコトだ! つ、つまり! そーゆーコトなワケだっ!!」

「いや失敬。マオも〝そーゆーコト〟に興味を持つようになったのかと思ってね。先代船長から託されているわけだから、つい君の成長が気になってしまうんだ」

 シオン様はそう言った。船長がよく口にする〝先代船長〟とも深い知り合いだったということが窺われる。

「あのー? さきほどからよくわからないのですけどー? 〝そーゆーコト〟って、どーゆーことですかー?」

 エルマーさんが聞く。彼女はまるで人でないみたいに清らかな人で……。だからこれは本当にわかっていない。

「うん。説明してあげるといいよ。――マオ」

「ばばばばば――ばっか! できるか! ばっか!」

「マーちゃん、やるですよー!」

「マーちゃんゆーな! てか! おまえがやれ! 見習い1号!」

「なんでですかー! なんでそうなるですかー!」

「やらなきゃマストから吊す。マーちゃんゆーた罰だ」

 タマはいつも一言多いんだよねー。それで墓穴を掘っちゃうんだよね。

「そ、そーゆーコトっていうのは……、つまり、イチャイチャするっていうか……、その先っていうか……」

「その先、ですか?」

 エルマーさんが小首を傾げる。ピンクの髪がふわりと膨らむ。

「夜……、二人っきりで……、た、たとえばお布団のなかで……、やったりする……、アレです……。くっついて、スペシャルにイチャイチャする……、アレです……」

 説明を聞く限り、タマはわかっている側。

「あー、あー、あー、アレですねー。〝ぷれろす〟っていうやつですねー」

 エルマーさんは指先を合わせて、そう言った。わかっているのかいないのか。

 僕は青空を見上げながら、お茶を飲んでいた。ああ。紅茶がおいしい。

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