G07「夢の話」

「はっ……」

 いつもの放課後。いつものGJ部の部室。

 コタツに突っ伏して寝ていた京夜は、はっと目を覚ました。

 顔を上げて右を見る。左を見る。コタツの向かいに座っていた部長が、読んでいたラノベから顔を上げて、ちらりと京夜に目をやってきた。

「よく寝てたな」

「は、はぁ……」

「ヨダレ。ヨダレ」

「はっ……!?」

「ん」

 部長が花柄のハンカチを差し出してくる。

「いやいやいや。いいですって汚れますって。――むぐぅ」

 有無を言わさず、拭かれてしまう。そしてハンカチはすぐにしまわれてしまう。

「なんか夢でもみてたんか?」

「ええ……。はい。なんか変な夢を見ましたー。うちの部室とそっくりな部室で、そっくりみんながいましてー」

「部室が同じでみんなも同じなら、それは変じゃなくて、普通の夢なんじゃないのか?」

「いえ。同じじゃないんです。そっくりなんですけど違うんです。そこの部室は、GJ部じゃなくて、KB部といって――」

「けーびーぶ? なんだそりゃ? ケバブでも食べる部か?」

「あ。うまいですね部長。KB部でケバブですか。ははぁ。なるほど」

「おーい。メグー。ザブトン一枚ー」

 部長が自分でザブトンを要求する。うまいこと言った人に、ザブトン一枚というのは、GJ部の伝統だ。どんな意味があるのかは知らない。

「はーい。ざぶとんと紅茶、いま出まーす」

 恵ちゃんが人数分の紅茶をお盆に載せてくる。

 これについては、いつも思うのだけど……。京夜がさっき目を覚ましてから、まだ数分も経っていない。紅茶を淹れるためには、お湯を沸かして、茶葉を蒸らして――と、十分近く掛かるはず。恵ちゃんはいったいどのようにして、京夜の目覚める時間を知ったのだろう。予知でもしているんじゃないかと思うことがある。……まさかね。

 紅茶が並ぶ。紫音さんがパソコン席からコタツにやってくる。タマもむくりと起きあがった。綺羅々さんもお肉を手に、ソファーからコタツにやってくる。

「んで? 私らのそっくりさんが、そのKB部とやらで、いったいナニをしてんのかね?」

「ラノベ書いてましたね」

「ほえ? ラノベ?」

「ラノベ……って、こーゆーの?」

 部長が読みかけの本を見せる。部長は京夜のお勧めの学園異能バトルとかをよく読む。えっちぃやつは苦手なので、きちんと選別した〝安全物〟だけを読む。

「そーゆーのですけど、そーゆーのじゃなくて。ノートにシャーペンで書いたやつを、皆で回し読みしてました」

「ほー。自分らで書いてんのか。それを自分らで読むのか。地産地消か。カッケーな」

「カッコイイですか」

「カッケーじゃん」

 ぐびり、と紅茶を飲んで、部長はニカッと笑う。

「おまえも書いてんの? どんなの書いてんの?」

「僕が書いていたのは、GJ部とかでした」

「へ?」

「夢の中の僕が書いているのが、つまり、このGJ部の出来事なんですよ」

「ほー。へー。はー。……メタだな」

「え? だめでしたか?」

「ばか。ダメって言ってない。メタって言ったんだ」

 メタってなんだっけ?

「解説しようか」

 紫音さんが大人っぽく微笑んでそう言った。

「おねがいします」

「広義におけるメタというのはね。物事を一段上から見るという意味なんだ。この場合は狭義の意味におけるメタ・フィクションのほうで、作中人物が、自身の立場が〝物語の登場人物である〟と認識していることをいう。そのKB部の人物たちは、私たちのことを小説内のフィクションだと思っているわけだろう? そして私たちのほうは、彼らのことを夢の中の物語の登場人物だと思っている。これは相互にメタ的関係にあるといえるね」

「ははぁ、なるほどー」

 頭のいい紫音さんの説明で、ようやく意味がわかった。

 京夜は、しばし、夢の中の人物――KB部の人たちのことに思いを馳せた。

 向こうの人たちも、こっちのことを〝物語〟だと思っているのだと思うと……。すこし変な気がした。

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