35「やりたいこととやれること」
「おまえはサ。――なにが書きたいんだ?」
いつもの放課後。いつものKB部の部室。
かりこりかりこりとシャーペンを動かして執筆なさっていた部長が、そうのたまわれた。
僕は書いていた手を止めて、部長に顔を向ける。
「書きたいものですか? うーん。うーん……」
そう聞かれて、考える。考える……。考えてみる。ここはKB部であり、いまは部活動中であるから、「書きたいもの」というのは、もちろん小説の話だ。
「でも急に言われても、出てきませんよー」
「言えよ。あと一〇秒な。ハイ! 一〇、九、八、七! 三、二、一!」
「ちょっとちょっとちょっと。六と五と四は、どこに行っちゃったんですか。ちゃんと数えてくださいよー」
「KB部税として三〇パーセントの思考タイムは徴収された」
「なんですかKB部税って」
「――で? どんなんだよ? あンだろ、なんか? 憧れているカンジのやつとか?」
「憧れているやつですか。……なら、スタイリッシュなやつですかー」
「スタイリッシュ?」
「なんか、カッコいいやつです。登場人物の台詞がカッコよかったり、あとほら、タイトルですよ。タイトルがとにかく、カッコいいんですよー!」
「おま。めずらしく熱いな。いま語尾に〝!〟とかついてなかったか?」
「うえっ? 気のせいですよー。僕のキャラじゃないですよ。〝!〟とか付くのって。僕、最近は草食系じゃなくて光合成系とか言われるんですよね」
「ぶはは! 光合成系! いいなそれ!」
「それよりいまは、僕の憧れの話のはずですけど」
「おおう。そうだった。――スタイリッシュなやつだったな。つまりスカしてるやつだな」
「部長。人の憧れを悪く言うのはやめましょう」
「あれだろ? セリフがカッコよくて、タイトルもカッコよくて、あと、ここがいちばん肝心なワケだが、服装がカッコいいんだろ?」
「ああ! そうそう! そうです!」
「ほらまたオマエ、〝!〟つけてる」
僕は口を押さえた。
「――で。誰しも語尾に〝!〟をつけて熱く語っちゃうような、そういうジャンルを持っているわけだが――」
これなんのプレイ? あらためて言われると、恥ずかしいんだけどー。
「――というわけで。おま。――それ書くな」
「へ?」
僕は思わず聞き返した。
「――え? ちょっと? なんで好きなもの書いちゃだめなんですか? 普通、逆じゃないんですか? 好きなものを書きなさい、とか、創作講座によくあるじゃないですか?」
「ふっふっふ。やつめ混乱しているな? 語尾に〝?〟がつきまくりだぞ? ――シイよ」
「愛でているのも楽しいのだけど。言葉足らずの真央のかわりに、私が説明してあげよう」
「お願いします。紫音さん」
「これは私たちの自説なのだけど、人には〝やりたいこと〟と〝やれること〟というのがあってだね」
「はぁ……。僕の書きたいものは、そのうちの〝やりたいこと〟のほうになるわけですね」
「これは適正の問題でね。なぜそれに憧れるのか、やりたいのか、ということを突き詰めてゆくと、じつは本人に適正がないため、という結論に至るんだ」
「え? え? え? ちょ――? なんでですか?」
「足りないからこそ、求め、憧れるわけだよ。逆に本人にとって〝足りている〟――つまり適性があるものは、あえて追い求めなくてもいいわけだ。特別書きたくもない。なぜなら〝書けてしまうから〟――となるわけだな」
「はー。はー。はー。……なんとなくわかってきました。そっか……。書けないからこそ、書いてみたくなるわけですね。そしてなぜ書けないのかというと、それは適性がないからであって……。適性がないものを書こうとしても、当然、うまく書けるはずがなくて……」
「うむ。理解が早いね」
「そんでな。特別書きたくはないけれど、じつは適性があるものを書いたほうが、いいモンが書けて、本人もみんなも、幸せになるって寸法さね。よって、我がKB部では、〝書きたいもんは書くな〟――を提唱している」
部長が腕組みをして、そうのたまった。
「ほー。へー。はー。――よくわかりました」
僕はうなずきかけた。だけどそこで、あれっ? と、首を傾げる。
いま僕が書いているのは、定番のGJ部の物語だった。そして部長や紫音さんたちも、いま書いているものって……?
そういえば、僕、GJ部の物語は、特に書きたくて書きはじめたわけではなかった。〝書けてしまえる〟から、書いていただけであって……。
うーん……。物語道というのは、奥が深いなぁ……。
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