34「打ち切り」

 いつもの放課後。いつもの部室。

「打ち切りって、どうすればいいんでしょう?」

 キャンパスノートにカリコリと書きこみながら、僕はそんな話題を持ち出した。

「は? え? 打ち切り? なにがなんで? どうして?」

 僕の向かいで、同じようにカリコリと書いていた部長が、うろたえぎみにそう言った。

「なんで部長がうろたえているんでしょう?」

「いやおまえがそんなパワーワードを使うからだろ」

「パワーワード? 打ち切り……が、ですか?」

「やめろー! 心のHPが減るーっ!」

 部長は手をかざして防御のポーズ。

「心のHPであれば、それはMPというのではないでしょうか」

「おま。冷静だな。打ち切りになったっつーのに。オレなんか、その言葉を聞くだけで、メンタルにダメージが……」

「僕のほうの話なんで、部長がダメージくらう必要はないんじゃないかと思います」

「なんで打ち切りなんだよ? なにが打ち切りなんだよ? おまえの書いてる小説だろ? どれのことだ? 打ち切り作品って? GJ部かGEか? 海賊のやつか? それとも原始人のやつか? どれだよ?」

「あ。いえ。そのどれでもないです。こっちでみんなに見せてるやつじゃなくって、最近はじめた、クラスのみんなに見せているやつで……」

「おま、うちでやってる以外にも、シリーズやってんの? どんなやつ?」

「異世界に転生する感じのやつです」

「お? 定番じゃん?」

「なんかそーゆーの、どこかで流行っているっぽいんですよね」

「ネットの世界じゃ一大ブームらしいぞ。異世界転生にあらずんばラノベにあらず、ぐらいな雰囲気らしいぞ」

「そうなんですか? 教室で書いていたら……。『おまえ小説書いてんの? どんなの書くの? 異世界に転生すんの書けよー』ってなりまして、なんか流れで書くことに……」

「おお! すっげー! オレらのほかに読者ついてんじゃん! エリート作家じゃん!」

「いやエリートっていうほどでも……。みんな珍しがって読んでるだけですから」

「で? それでいったいナニが問題なワケ?」

「ああ。それがですね……。人気というか読者数がですね……。最初はみんなで十人くらいで読んでくれていたんですけど。回を重ねるうちに、だんだん減ってきて……」

「うっ……。なんだか話の先が見えてきたっ!」

「今日の昼休みなんて、なんと一人になっちゃいまして……。横溝は、まあ付きあいで読んでくれているわけですが」

「横溝って誰だっけ? おまえの香ばしい感じの幼なじみだっけ?」

「香ばしい、のところが意味不明ですけど。まあそうですね。小学からのつきあいです。ところで作品って、どういうときに打ち切りにしたらいいんでしょう? 打ち切りエンドって、どうすればいいんでしょう?」

「う……。むむっ……。また心のHPの削れる話題を……」

「部長はMP削れなくていいですから。僕の話なんですから」

「いやー。わたしもなー。まえに、打ち切りにしたことがあってなー」

「え? 部長もですか?」

「うむ。自慢じゃないが、いくつも打ち切りにしてきたぞ。小説ってのは、読んでもらえてなんぼだからな。読む人のいない小説より、読む人のいる小説を書いたほうがいいだろう? まあ打ち切りは、寂しいけど。一つ終わらせないと、新しいやつ、はじめられないからな」

「打ち切るときって、どうやって終わらせればいいんでしょうか?」

「好きにすればいいんだよ。いきなり投げっぱで終わっちまっても、『俺たちの戦いはこれからだ』的なカンジで、とりあえずのエンドにしても。その横溝? ってやつだけしか読んでないんだろ。ごめん、って言っときゃいいさね」

「そうですか」

「悲しいよなー。つらいよなー。作品の首を自分で絞めるのはー」

 部長がそう言ってくれる。そう言われて僕は、自分の寂しさに気がついた。

「そういえば、僕、打ち切りって、はじめてでした」

「そうか」

 部長がうなずいてくれる。

「そっかー。もう書かないんだ……。あの話は……」

 しんみりとしてしまう。

「あー……。なんだったら、それ、オレらにみせてみろよ。オレが読者をやってやるから続きを書けば……」

「いえ。やっぱり終わりにします。あれはクラスのみんなに書いていたものですから」

「そっか」

 僕の言葉に、部長はうなずいてくれた。

 よし。気を取り直して……。また他の話を書こう。新しい話を。

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