32「オレたち原始人だった!」
「オレたち原始人だった!」
僕の新作を読み終えて、開口一番、部長が叫ぶ。
「ええ。はい。はじまり人間ですねー。でも本人たちは自分たちが原始人だなんて思ってないですよ? 時代の最先端を生きてますんで」
「マンモーってのは、なんだ? 狩るのか? 食うのか? ウマいのか?」
「マンモスです。まだ生き残ってる時代です。輪切りにして食べると美味しいらしいです」
「オレ族長かー! 原始人部でも、やっぱ、部長なのかっ!」
「ですから原始人部でなくて、はじまり人間部ですってばー」
部長は大はしゃぎ。今回の新作はウケているようだ。僕はすこしほっとした。続編じゃなくて新作を出すときには、いつもちょっと緊張する。
「私はどうも、このはじまり人間部では、ポンコツな存在のようだね」
もう読み終わった紫音さんが、そう言った。
「いえいえ。そんなことないですよ。人類にはちょっと、何万年か早いだけで――」
「なにか役に立つ物を発明したいかな。たとえば――そう、〝車輪〟を発明するとか?」
「ああいいですねー。台車とか荷車があれば、お肉、いっぱい持ち帰ってこれますからね。いまはなーんにも道具がないですから、手で持てる分しか持ってこれないんですよー」
「手かよ! せめて袋とか使えよ!」
「発明役のシオーンさんに言ってください」
「袋作れよ!」
「うむ。今後の彼女の活躍に期待するとしよう」
「ああでも、そのまえにまず〝服〟を発明するのが先かもしれません」
「マッパかよ! すげえ! 本当に原始だった!」
「火ぐらいはおこしてますよ? お肉は焼いて食べてます」
「センパイ、リビドー炸裂させすぎです。作中でみんなをマッパにするとか、エロスはほどほどにしておくです」
「だいじょうぶ。僕もマッパだから」
「なにがだいじょうぶなんだか、ぜんぜん、ワケわかんないですよー」
新作ノートは、タマのところまで回って、いまは恵ちゃんのところ。
「………」
恵ちゃんが、ふんすふんすと、なにやら鼻息荒く、読み耽っている。
あれ? そんなに大興奮するようなところなんて、あったっけ? まさかマッパってところに反応しちゃった……とか?
「あのっ、この〝葉っぱ〟というのは――やっぱり〝アレ〟でいいんでしょうかっ!?」
「あ……。そっちね」
恵ちゃんが反応していたのは、マッパでなくて、ハッパのほうだった。
「ああうん。普通に摘んだだけの葉っぱを煎ずると緑茶になるけど、萎れるまで時間を置くと、紅茶になるんだ」
――と、僕は〝設定協力〟の紫音さんに目線で確認をいれてみる。
「うん。緑茶と紅茶の違いは酸化の有無だからね。原理的にはその通りだね。ただ味に関しては、今後のメグミンの活躍に期待するとしよう」
「はじまり人間部すごいです! 紅茶を作るところから楽しめるなんて! 考えたこともありませんでした! 原始生活すごい! すごいすごいです!」
「けけけ。葉っぱの汁とか、どーでもいいと、キョロ様は仰せだがなっ」
「部長。いちおう断っておきますけど、それは僕が言ったんじゃなくて、作中のキャラが言ったんですからね?」
「作中のおまえって、どいつもこいつも、何気にヒドいやつだよな」
「飲んでくださいよぅ。美味しいですよぅ」
「いやでも、なにしろ原始の紅茶だから。あんまり美味しくないんじゃないかなー。紅茶っていうよりも、単なる葉っぱの汁だと思うんだよね」
「わたし。がんばりますから! 美味しくしますからぁ!」
「頑張るのは恵ちゃんじゃなくて、作中のメグミンのほうだけどね」
「がんばって! メグミン! ――わたしのかわりに、がんばって!」
恵ちゃんは手を握りしめてメグミンを応援。
「うん。美味しくなったら、ちょうだいね」
「作中じゃないおまえも、何気にヒドいやつだな」
賑やかになった部室のなかで、僕は最後の一人――綺羅々さんに顔を向けた。
綺羅々さんは、じっくりと読んでいる。日本語があまり得意ではない綺羅々さんは、いつもゆっくりと読む。僕らは決して急かしたりせず、彼女のペースで読み終わるのを待つ。
そして読み終わった綺羅々さんは、はふぅ、と、ため息をひとつ。
「……おなか。すいた。おにく。……くいたい。」
シンプルな感想が出てきた。
「そういや、原始人。肉、肉、言ってたから、肉、食いたくなっちまったなー。おま。知ってっか? このまえ駅前にステーキ屋できたんだぜ。立ち食いするステーキ屋」
部長が言う。皆の顔も「肉」という言葉に輝いた。原始人みたいに。
KB部の本日の部活動は、そのあと、立ち食いステーキ屋さんで続行となった。
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