H01「はじまり人間」

 いつもの青空。いつもの昼間。

 いつもの大木の根元で、キョロたちは、いつものようにゴロゴロしていた。

「族長~、そろそろ狩りにいきましょうよー」

 枝の上から垂れてる小さな脚に、キョロは声をかけた。

「まだ肉あるだろー」

 毛皮を敷いて優雅に寝そべっていた族長が、のんびりとした声でそう返してくる。

「ぼく、思うんですよねー。いっつもお肉がなくなっちゃってから、狩りに出ますよね。マンモー倒すまでに、すんごくお腹がすいて、いつも死にそうになってますよね。お肉がまだすこし残っているうちに狩りをはじめれば、ちょうどなくなるまでにマンモーも倒せて、お腹を減らすこともないんじゃないでしょうかー?」

「おお」

 族長が感心の声をあげる。やった。わかってくれた。

「おまえ……。めんどっちいやつだなー」

 ちがった。感心してくれたのではなかった。めんどうくさいと言われた。

 族長は体は小さいけど、すごく強くて、頼りになるひと。特に狩りの時には先陣を切って飛びかかってゆくひと。狩りじゃないときでも、なんでもビシビシ決めてくれる頼りがいのあるひと。

「シオーンさーん……」

 族長に〝名案〟を話したら、めんどうくさいと言われてしまったので、別な意味で頼れるひとに、そう言ってみた。

「うむ。なにかな? しかしもうすこし待ってはくれまいか。三角形の内角の和が常に百八十度となることが、もうすこしで証明できるので」

 シオーンさんは、地面になにか線を引いて、ムツカシイ顔で考えこんでいる。

 頭はいいんだけど、シオーンさんは、わけのわからないムツカシイことばかり夢中になっている。頭がよいのに残念なひと。でもたまに、すごい発明もする。石斧だとか、石槍だとか、弓矢だとか、ぜんぶシオーンさんが発明した道具だ。それのおかげで、最近のぼくたちはマンモーを楽に狩れるようになっている。

 だからお肉がなくなるまで、ぐでーっと、だらけていられたりもする。

「キララ~……っ」

 シオーンさんに相手にしてもらえなかったぼくは、べつのひとに意見を求めた。

「にく。くうか?」

 ガタイの大きなひとが、ぐっとお肉を突き出してくる。

 うちの部族のなかでいちばんカラダの大きなキララさんは、ごはんの時間でもないのに、いつもお肉を食べている。うちの部族のお肉の消費量は、おかげですっごく増えている。

 でもキララさんは、マンモーを一発で倒しちゃうぐらいの力持ち。自分で食べてる分以上のお肉を、うちの部族にもたらしている。

「いえ。いまはお肉はいりません。それより名案なんですってば。お肉がなくなる前に狩りに出ましょう。絶対いいですって。名案なんですって」

「にく。くえ。」

 だめだった。キララさんはどこか遠くのほうからぶらりとやってきた人。髪の色と目の色もちがう。そしてコトバもあまり通じない。

 しかたなく、お肉をもらって、もぐもぐと食べた。あー、またお肉が減っちゃった。

「キョロさん。なにが名案なんですかー?」

「あー、メグミン」

 メグミンはうちの部族の癒やし担当。いつもニコニコと笑顔を絶やさず、皆がハラペコで殺気だったときにも、安らぎと潤いを振りまいてくれる。

「聞いて聞いて聞いて。つぎの狩りなんだけど――」

「――そうだ。きいてきいてきいてください。面白い葉っぱをみつけたんです! お湯で煮ると、おいしいお汁が出てくるんですよー」

「いや葉っぱの汁とかどうでもよくてね、つぎの狩りのタイミングを――」

「センパイが、タマをまたのけものにする話をしてやがるですよ。どうせタマはみそっかすですよ」

 うちの部族でいちばん小さなタマが、なにか勘違いをして拗ねている。タマはまだ狩りに連れて行ってもらえない。族長が許可しない。

「もう! みんなちゃんと聞いてくださいってば!」

「おまえ。うるさいぞ。肉くったろ。じゃ寝ろ」

「たべると寝る以外にも、すこしはなにかしましょうよ。シンプルライフすぎますよー」

「ほかになにをするとゆーのだ?」

「たとえば頭を使うとか――」

「やった! ついに証明できた! 三角形の内角の和は、やはり常に180度なんだ!」

「そーゆー役に立たないアタマの使いかたではなくて、ですね。……あれ? 族長? きいてます?」

「………。ZZz……」

 族長は……。寝ていた。三秒前には会話していたはずなのに、もう……、寝ていた。

 ぼくらの生活は、だいたいいつも、こんな感じ。シンプルな生活。

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