P01「パイレーツ・オブ・グレートオーシャン」
海。海。海。
果てしなく続く海。どこまでも続く大海原。
我らが海賊船――
「おーい? 見習いその1ぃーっ! なにか見えるかーっ?」
「なんにも見えないですよー! あと見習いじゃないです! タマって名前があるです! それとマーちゃん! ここ高くてコワイですよ! 落ちたら死にますよこれゼッタイ!」
「マーちゃんゆうな!
マストのてっぺんに、僕より年下の小さめの子が登っている。そして甲板から、その彼女よりもちっちゃな子が、怒鳴り返している。
海賊帽と海賊マントの少女――マオ・グランベールは、この海賊船の船長だ。
身長は小さいがれっきとした成人女性(たぶん)。見た目はローティーンの少女に見えるが、実際には、もっと年上で――(きっと)。
年齢や外見に関することはともかくとして、ひとつ確実にいえることは、船長は経験豊富の大海賊だということだ。海賊帽子と海賊コートの下はビキニの水着で、あまり貫禄はないのだけど。船長は生まれたときから海賊をやっている、海賊の中の海賊なのだった。
「おい! 見習いその2ーっ! 甲板掃除はどうしたーっ! 手が止まっているぞーっ! サボるなーっ! 罰として帆布の補修も追加ーっ!」
「まあ見逃してやりたまえよ。――マオ。君に見惚れていたのだからね」
そう言ってきたのは副長のシオン様。すらりと背の高い大人の女性だ。
いつも船員服を華麗に着こなして、襟元までぴしりと閉じ合わせている。いつも冷静な副長は、どんなに暑いときでも汗一つかかない。
「見惚……!?」
船長が絶句している。
船長、こういうのにぜんぜん免疫がない人。ぷるぷると髪の毛先まで震わせている。
「お……、おまっ! なんちゅー不謹慎なっ! ば、バツとして帆布の補修も追加ッ!!」
「いえあのですね。たしかにちょっとは見ていましたけど。副長のいわれるようなそういう意味ではなく……。なんて言ったらいいんでしょう? 船長はすごい海賊なんだよなー。このひとの元で働けて、僕は幸せ者だなー、とか、そう考えていただけでして……」
「スゴい? オレ――すごい?」
「ふふふっ……。マオは自称世界一の海賊だからね」
「自称は余計だっ! オレは先代からこの船を託された! よって世界一の海賊に、ならねばならぬ! いいや――なるッ!」
「でも僕らあんまり海賊行為ってしていない気がするんですよね。このあいだやったのは救難活動でしょ? マストが折れて漂流してた船を曳航してあげて、水と食糧も分けてあげて――。略奪するのが海賊なんじゃないでしょうか? 積み荷全部奪い取って、ほっぽっとくのが海賊のあるべき姿なんじゃないですか?」
「おま。恐ろしいことゆーよな。困っているときは、おたがい様だろ。――あとオレら、好き放題に略奪してるわけじゃないぞ。〝通行料〟を頂いているだけだからなっ! そこ! 間違えんなよ! 大事なとこだかんな!」
その〝通行料〟を払うことに相手は同意していないのだから、それはやっぱり略奪なのではないだろうか? ……と、思いはしたが、言わないでおいた。甲板掃除と帆布の補修のうえに、さらに仕事が積み上げられたら、今日のうちに仕事が終わらない
甲板掃除が終わったので、つぎは帆布の補修をする。
予備でしまってある帆布を、船の後ろの広いところで広げて、破れたところを、太い針と太い糸とで、ちくちくと縫い合わせてゆく。このあいだの嵐で破れてしまったので、それを縫い合わせるのは、見習い船員である僕の仕事。やらないと船が難破する大事な仕事。
「てつ……、だう?」
「いえ、だいじょうぶですよー。慣れてますからー」
たどたどしい声に、僕はそう返した。
大きな舵輪を両手で握っているのは、航海長のキララさん。とても力持ちの人で、舵輪を一人でぐるぐると回せる。僕とタマが二人がかりでもびくともしないのに。
「それより舵取りのほう、お願いしますねー」
「キララ。うまいよ。」
にっこりと穏やかに笑って、キララさんは言う。いつものこんな穏やかな人だけど……。いざ「戦い」となると、ものすごい暴れっぷりを見せる。
「そろそろ休憩、いかがですかー」
ちくちくちくちく、帆布の補修作業を続けていると、ピンクの髪のふわふわした女の人がやってきた。
「まだ作業はじめたばかりなんですけど。エルマーさん」
「えー、お茶、だめですかー? このあいだ、いい葉っぱを分けて頂いたので、今日のお紅茶は、すっごくおいしいんですよー」
それ、分けてもらったのではなくて、略奪したんだけどね。
自称・女神の生まれ変わりのエルマーさんには、世のあらゆることが美徳に見えてしまうらしく……。海賊活動も、きっと船長の言う「建前」のままに映っているのだろう。
紅茶の香りの誘惑には勝てず……。ティータイムがはじまった。船長も副長も航海長もやってきて、タマも下りてきて、皆で潮風を受けながら、青空の下で紅茶を楽しんだ。
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