I01「異能学園G 最終回」

 空は暗雲に覆われていた。

 分厚い雲を通して、その向こう――成層圏のさらに外側の宇宙空間にいる〝やつ〟の姿が、うっすらと見えている。

「ついにお出ましになったぞ」

 校舎の屋上で、風に向かって立ち――部長がそう言った。秒速数百メートルの暴風のなかで、部長は腕を組んで仁王立ち。微動だにしない。

 この惑星最後の瞬間が、刻々とせまりつつあった。

 天体規模の〝やつ〟が、地球を飲みこむまでのカウントは、残り十数分を切っていた。ロシュの限界に到達すれば、地球は端から千切られてゆくだろう。

 地表において、生存している人間は、もういない。

 我ら〝G〟の六人を除いては――。

 これまで激しい戦いがあった。多くの犠牲があった。地球人口も数万分の一にまで激減した。地下のシェルターに、ごくわずかな人たちが生き残っているばかりだ。

 だが敵がどれだけ強大であろうとも、我らが諦めることだけは、決してない。

「くっくっく……、やつら。オレたちが諦めるとでも思っているのか? 逃げ出すとでも? ふっ――オレたちが諦めることを諦めな」

 腕を組んで、部長が言う。

 〝G〟を胸に秘める持つ者たちの――、それが合い言葉だった。

「おいキョロ。どうしたよ、おまえ? ブルってんのか?」

 部長の肘で脇腹をつつかれて、京夜は姿勢を正した。この人の前では、背筋を正して生きていきたい。最後の瞬間まで――。

 上空では雲が渦巻いていた。月ほどもある〝目玉〟が、ぎょろりと、こちらを睨む。

「そろそろ出番のようだぜ? さあ! 〝G〟を燃えあがらせろ!」

 部長の声に、京夜は深々とうなずいた。胸の奥の〝G〟の魂を燃焼させる。誰もが裡に秘める〝G〟――それの発するエネルギーは、ひとつの小宇宙コスモにも匹敵する。

「みんな。行こう」

 京夜は皆にそう声をかけた。部長、紫音さん、恵ちゃん、綺羅々さん、そしてタマ。長くつらい戦いを共に経験した仲間たちに、順に、顔を巡らせてゆく。

「どこまでも、君と共に征くよ」

 紫音さんはうなずいた。その身は異形に変わり果てても、やはり彼女は美しかった。邪神と人との混血の彼女は、これまでずっと〝こちら側〟にいてくれた。

「京夜くん。――ご存分に」

 恵ちゃんがうなずく。そして祈りはじめる。背中に生えた光翼が、周囲のすべてに祝福を与える。天界から下りてきた女神は、神を裏切り堕女神となりつつも、なお神々しく、美しかった。

「あおーん!」

 生物として進化の進んだ綺羅々の肉体は、もはや人とは呼べないものとなっていた。人語も発することができない。だがその目は優しく、全身を覆う銀の毛並みは、どこまでも美しい。

「ねえタマ。タマは逃げてもいいんだよ?」

「タマ一人だったら、どこの次元にでも逃げられますケド……。仕方ないです。ミソッカス扱いされたくないです。センパイに付きあってやるですよ。来世で感謝するです。具体的には毎日ポテチ貢ぐです」

 大気圏が剥ぎ取られてゆくにつれ――〝やつ〟の全身が現れる。

 〝やつ〟の体の周囲を回っていた衛星群が、軌道を変えてこちらに向けて落ちてくる。 あれは魔物。すべてが魔物。小惑星サイズの〝眷属〟だった。ほんの小物ではあっても、ひとつひとつが、優に山脈のスケールを持っていた。

「ほい、ほい、ほいっ」

 タマが扇子と神楽鈴を振って舞い踊る。示された物体はつぎつぎと空間から消えていった。どこか宇宙の果てへと転送される。次元を渡る迦楼羅ガルーダの末裔。彼女のテレポート能力の前には、サイズなど無関係だ。

「いあ。はすとぅーる! いあ! はすたぁ!」

 紫音さんの詠唱が次元を接続する。〝やつ〟の前方にさしわたし数万キロもの召喚ゲートが開く。星々の世界へと通じる〝門〟を抜けて、現れ出でたのは、数万光年も離れた深淵に棲まう邪神だ。風の邪神ハストゥール――彼女の先祖である。

「おいキョロ! なにかやるんだったら早くしろぉ! もう支えきれねえ!」

 すべての神霊力を念動力へと変換して、部長がその強大な念力で、空を支えている。

 京夜は瞑想を続けていた。〝第四段階〟へと至るため、内なる〝G〟を燃やし続ける。

 そして京夜は――。ついにその目を見開いた。

    ◇

 戦いは――終わった。

 京夜たちは戦った。けっして引かずに戦った。たが敵はあまりにも強大だった。

 この時空においては――。この時間線においては――。京夜たちは――。

《来世でもー……! 一緒だぞおぉぉぉ――っ!》

 部長の声が聴こえる。京夜たちは魂で返事を返した。

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