26「紫音さんとデート?」
いつもの日曜。いつもの昼すぎ。
僕はいつもの待ち合わせ場所の仙川駅前で、ぽつねんと待っていた。
今日、誰が来るのかわからない。
僕の書いてるGJ部のローテーションなら、最後は綺羅々さんで終わりなんだけど。
でもこれはKB部のほうのローテーションなので、まったくの未知の内容。
とはいえ、もう三人が消化済みで、残っているのは二名だけなので、どちらかが来ることは確実なんだけども……。
今日は誰が来るのか。僕は聞かされていない。「こんどの土曜も、千川駅前なっ」と部長に言い渡されただけ。言われた通りに来て待っている僕も僕だけど。
「もう部長たち……、楽しんじゃってるから……」
そうつぶやいたときだった。
「すまないね。じつは言い出したのは私なんだ」
「うわぁ! びっくりしたぁ!」
真後ろから声がして、僕はびっくりしてしまった。すこし飛び跳ねていたかもしれない。
「し――紫音さん!」
「うん」
「し――紫音さん! もう! 紫音さん! 紫音さん!」
「うん。うん。うん」
びっくりしたー。びっくりしたー。びっくりしたんですよー?
「紫音さん!」
「うん? これはいまなにかのプレイなのかな? たとえば名前を百回呼んで、相手を赤面させてみるような?」
「ちがいます」
「違うのか。そうか残念」
「もー、後ろに立たないでくださいよー。人が悪いですよー。びっくりしましたよー」
「私が君の後ろに立ったわけではなく、君が私の前に立ったのだけど」
「え?」
ぼくが来たのは何分も前だ。え? まさかそのときから……? え? 紫音さんずっといた? 僕が気づいていなかっただけ?
「いやすまないね。私に気づかずキョロキョロしているキミの姿が、つい、可愛らしくてね。素のキミをたっぷりと堪能させてもらったよ」
「うわあぁ」
ぼんやりしていたところを、たっぷり観察されていたとは……。
恥ずかしー! そんなにキョロキョロしていただろうか?
「私のせいかな。気配を殺していないと、声をかけられてきて大変なんだ」
長い髪を押さえて紫音さんは言う。いつも部室に一緒にいて、ほとんど意識することはないんだけど……。紫音さんはすごい美人な人だと思う。
はっと気がついて、まわりを見回したら――目線の合った数人が、ささっと視線を逸らした。女の人もいれば男の人もいた。
あー、やっぱりー、目を惹いちゃうよねー。
「さて。今日はキミとデートなわけだけど。エスコートしてくれるのかな?」
「いえいえいえ。デートとかそんなんじゃないですから」
「おや? 真央はキミから〝デート〟と言われたって、そう言っていたけど?」
「あれ冗談で言ったんですよ。完全スルーで返事してくれなくて、妙な空気になりました」
「はっはっは。……さもありなん。それではデートではなくて、デート的ななにか、ということで」
「そのあたりのニュアンスでお願いします。買いものでもなんでも付きあいますから」
「腕は絡めてもいいのかな?」
「カンベンしてください」
僕は汗を流しながらそう言った。紫音さんはぜんぜん余裕で、くくくくっと喉の奥で笑っている。もう完全にからかわれている。
「ところで私は、プリキュア? なるものを取らないとならないのだけど。証拠品として」
「それプリクラじゃないですか? ――証拠品って?」
「〝デート〟してくると言ったら、ニーニーズが泣いてね。証拠品を突きつけることで、そろそろ〝妹離れ〟を促さなければいけないと思うんだ」
「ニーニーズ? ……ああ、お兄さんたちのことですね。ああ。じゃあぼくもついでに一枚撮ろうかな」
「そちらの用途は、なにかな? なにかな?」
「うちの妹にも〝兄離れ〟が必要だと思うんですよ。すいませんけど〝彼女役〟をお願いしてもいいでしょうか?」
「おや。光栄だね」
「いえいえ。こちらこそー」
今日の僕たちは、悪だくみの共犯者となった。プリクラ以外に証拠インスタをたくさん撮った。四ノ宮家と皇家で流された涙は、海を作り、それぞれが「KB部大西洋」と「KB部太平洋」と呼ばれたとか、呼ばれないとか。
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