25「綺羅々さんとデート?」

 いつもの日曜。いつもの昼すぎ。

 ぼくは仙川駅前で、ぼーっと突っ立っていた。

 なんだかすっかり待ち合わせの場所として定着してしまった。

「……。待った?」

「うわぁびっくりしたぁ!」

 急に後ろ側から声を掛けられて、ぼくはみっともなく大声を上げてしまった。

 綺羅々さんが立っていた。

「い……、いつからそこにっ?」

「……。しばらく。まえ?」

 綺羅々さんは、首を三十度ぐらい傾げていって、そう答えた。

 そういえば何十秒前から、急に日陰になったなーと思っていた。綺羅々さんの影だった。

「……にあわない?」

 綺羅々さんの着ているのは私服。白いワンピース。

 そういう服は小さな女の子が着るものと思っていたけど、すごく背の高い綺羅々さんが着ても、すごい似合う。

 リアル妹を持つ僕は、女の子の服は、いついかなる場合においても褒めるものだと、そう調教済みにされている。

 それが理由ではないけれど、思ったままを口にする。

「中学生くらいに見えますよー」

「じる。……が。選んで。くれた。」

 綺羅々さんは、にかっと笑った。

 ジルちゃんっていうのは、たしか、綺羅々さんの妹。うちの妹の話にもよく出てくる名前なので、たぶん同一人物。うちの妹の霞の友達。

 この前の部活のおわりに、綺羅々さんに頼まれた。一人で行くと心細い場所があるので、一緒についてきて欲しいと。

 KB部のローテーションは、恵ちゃんにはじまって、部長、綺羅々さん、となるらしい。GJ部のほうとぜんぜん違っている。

「ここ。」

 仙川駅前からてくてくと歩いて、着いたのは――大きな区立図書館。

「あ。図書館だったんですねー。行きたかったっていう場所」

 ようやくわかった。行く先についてはなにも話してくれなかった。

 あれでも? 一人で行くのは心細いって、綺羅々さんってそんな可愛いキャラだった?

「あれ? キララ。そっちじゃないですよ。そっちは子供用の本の――」

 ぼくは呼び止めたのだけど、綺羅々さんは子供がいっぱいいるほうの入口に入って行ってしまう。

 綺羅々さんは、そのまま靴を脱いで絨毯スペースにあがりこんだ。

「ここ。」

 絵本コーナーのど真ん中で、僕に振り返って、腕を広げて、にこっと笑った。耳――じゃなくて、耳に見える癖っ毛が、ぴくぴくと動いた。とても楽しそう。

 なるほど。絵本コーナーに来たかったんだ。

 綺羅々さんはKB部の絵本作家であるわけで。なるほど。それは絵本に興味あるよね。

「ここ。くるの。はじめて。」

 たしかに高校生が絵本コーナーは恥ずかしいかも。まわりにいるのは小さな子供ばっかり。お母さんの姿はちらほら見かけるけど。僕らぐらいの大きさの人たちが見当たらない。

「ずっと。きたかった。」

 絨毯の上でぺたんと女の子座りになって、綺羅々さんは絵本を抜き出しては眺めはじめる。僕も手近な絵本を抜き出して見てみる。

「あ。これ。僕が子供の頃に読んだやつですー。懐かしいなー」

 とか言って読みはじめると――。はっと気がついたときには、もう読み終わっていた。

 うわぁ。絵本って早く読めるなぁ。3分もかからないで読めちゃう感じ。3分くらいで読めちゃうのは僕の書いてるGJ部やGEシリーズなんかと同じ。だけどあれって書くのは40分くらいかかっちゃうんだけどねー。

 綺羅々さんは――と目をやると、黙々と絵本を読んでいる。子供がやってきて、「やー!」とか「だー!」とか、綺羅々さんの膝の上に乗ったり背中によじ登ったり。綺羅々さんはそれでも全然気にせずすごい集中力で絵本を読んでいる。「おっぱいたーっち!」とかやってきていた野生のお子様を、僕は持ちあげて向きを変え、向こうに押しやった。お母さんらしき女の人と「すいません」「いえいえ」と目線通信を交わし合う。

 まったくのカオスだった子供たちが、ある時急に、一箇所にまとまった。図書館員のお姉さんが、カオスな生き物たち、訓練済みのよい子にまとめあげていた。

「あ。――ほら。紙芝居がはじまるみたいですよ」

「かみしばい?」

「観たことないですか? 絵本の一種ですけどすごく面白いんです。ほら行きましょう」

 綺羅々さんと二人で〝紙芝居〟を観た。

 その後の綺羅々さんの創作物に紙芝居ブームが到来したことは、言うまでもないだろう。

 本日のKB部の課外活動は、綺羅々さんとデート? ――だった。

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