23「恵ちゃんとデート?」
いつもの日曜。いつもはあんまり行かない場所。
そして、いつもと違うひと。
妹でも横溝でも高坂さんでも、そのカレシとかでもなくて――。
なんでか、恵ちゃんと僕がやってきたのは、〝バッティングセンター〟なる場所だった。
「これー、おカネ入れればー、いいんですか~?」
「あー、うん、そうー、あーでも、スタートボタンはまだ押さないでねー、あぶないから」
恵ちゃんが機械にかがみこんでいる。つまりお尻がこちらに向いている。
横溝なら明鏡止水で気にもしないのだろうし、高坂さんのカレシとかだと遠慮なくガン見なんだろうけど、ぼくはその二人のどちらとも違うわけだし、ちょっと目の毒すぎるので、恵ちゃんに背中を向けていることになる。
バットを選びつづける。
軽いほうがいいのかな。短いほうがいいかな。恵ちゃんが打つんだしね。
このあいだの週末。KB部の部活の日。
恵ちゃんがなぜだか急に「バッティングセンターに行きたいです!」と言い出した。
聞けば、作中にそのシーンが出るとのこと。悪役令嬢? とかいうヒロインが、王子さまとバッティングセンターに行くとのこと。なぜファンタジー世界にバッティングセンターが? というツッコミは無粋なので、紳士協定で誰もしないことにして――。「じゃあキョロに連れてってもらえ」という姉の仰せで、その時は終わった。
ちなみにそのシーンのストーリーは、悪役令嬢が、ヤケになってホームランぶっ放しまくって、王子様に惚れられてしまう、というものだった。
ちなみにツッコミは禁則事項である。KB部の紳士協定である。
僕らの書いた小説は、べつに誰が読むものでもない。部員の僕らだけだ。よって部員の僕らが「アリ」といえば、それは「アリ」なのだ。
「おカネー、入らないですよー?」
「え? 壊れてるのかな?」
ぼくはバットを手に振り返った。
そして、見て、思わず……くすっと笑ってしまった。
恵ちゃん……ナイス。なんと恵ちゃんは、コインを入れるところに、クレジットカードを突っこもうとしていた。
「ほらー。おカネ、入らないんですよー」
入れようとしたって、入るはずない。ガシガシとやったって無駄。
「恵ちゃん。それお金じゃないし。カードだし。百円玉しか、そこ、入らないよ」
「え? そうなんですか? え? 現金……というの、ですか? うち、持たされないんですよー。森さんがカードと電子マネーしか……。どうしよう、どうしましょう?」
恵ちゃんは、おろおろと慌てている。いつも部室にいるときには、完璧な女の子をやっててるのに、いまの恵ちゃんは迷子になった子供か、家出娘みたい。
「だすだす。百円。だすから」
ぼくは小銭をじゃらっと出した。こんなこともあろうかと、はじめに両替してあった。
「へー、これが百円玉なんですねー」
「へ?」
ぼくが、まじまじと顔を見つめていると――。
「え。いえっ。み、見たことくらいありますよ? し、知ってますよ? もちろん!」
えっへん、と恵ちゃんは大きな胸を張る。
虚勢を張ってる恵ちゃん。天上界の生物よりも、若干、人間寄り。
お金を入れてあげる。なんか僕いま女の子におごっちゃってる。すごいかもしんない。
「球速は……、いちばん遅いのが80キロなのかー。球種は……、もち、ストレートで」
ぽちぽちとボタンを押していって、スタートボタンに手を掛けて――。
「じゃあ、はじまるよー。玉、あそこの穴から、こっちに向かって飛んでくるよー」
「はーい。準備オッケーでぇす」
恵ちゃんがバットを構える。ボールが飛んでくる。はじめの何球かは、当然、空振り。
「あれ? 恵ちゃん? バットの持ちかた、逆じゃない?」
「え? 違うんですかー?」
「右打ちだから、右手が上で……。うん。それで合ってる」
正しい持ちかたを教えてあげる。僕も打席に入ったら、横溝たちみたいに、そんなにぽんぽん打てたりしないんだけど――。でも持ちかたぐらいなら、上級者っぽく教えられる。
持ちかたを変えたあと、恵ちゃんは――。
「あっ。飛んだ。あっ。また飛んだ。あっ。ほらまた飛びましたー」
ヒットを連発するようになった。
「なんだかだんだん、わかってきました。これフォアハンドじゃなくてバックハンドのつもりでやるといいんのかも。あっなんだか。わかったかもっ。テニスとおんなじなんだぁ」
なにかつぶやいて、そこからまた化けた。ホームラン級の当たりを、びしばし連発するようになる。ボールが飛んでくるコースにバットを置きに行くだけで、すぽーんと飛ぶ。
恵ちゃんはテニスの上級者のようで……。別ジャンルの上級者。おそるべし。
帰るまでには、僕のほうが教えてもらう側になっていた。
これ王子様だったら、ヒロインに惚れちゃうイベントになるんだろうねー。
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