21「はじまりの日③」
「――で。軽文部って、いったいなにをする部なんですか?」
「まずはじめに言っておかねばならないことがある。うちは〝読む部〟ではねーからな。もしそんな勘違いをして来たのであれば、回り右をして、お帰りはあちらだ」
「あ、はい」
僕がコタツを立とうとすると――。
「マテマテマテ! なになんなの!? もう帰っちゃうの!? お茶くらい飲んでいったっていいだろ! ほらメグ! 早くしろ! 早く紅茶とワッフルでこいつを捕まえろ!」
「はーい。いま紅茶が入りまーす。砂時計の三分計が落ちるまで、蒸らし時間、必要でーす。ワッフルも、いま焼き上がりまーす」
部室の隅の見えないところから、天使さんの声がする。〝天使〟と書いて、〝てんし〟ではなくて〝あまつか〟と読むらしい。
へー。お茶とか出るんだ。ガッコで飲めるんだ。お菓子も作れるんだ。ワッフルってどんなんだっけ? ホットケーキみたいのだっけ?
あー、うん。部活って、なんだか楽しそう。この部室。皆の居場所になっているわけか。隠れ家か秘密基地みたいで、楽しそう。
「この部って、お茶してお菓子食べる部なんですか?」
「おいコイツの素質、どうするよ? 我が部の活動の60%を、一言で言い当てやがった」
「逸材だね」
「るる。」
「紅茶好きな人に、わるいひとはいません」
なんか認められている。肯定されている。しかし、一人、大きくて物静かなお姉さんが、ソファーのところであぐら組んでいるんだけど。「るる。」ってそれ何語? 肯定の意味だっていうことは、なんとなくわかるんだけど。
「活動の残りの40%って、なんなんでしょう?」
「だから〝書く〟んだよ。――さっき言ったろ?」
「なにを書くんですか?」
「部室の名前! みろよ! わかんだろ! 軽文部だろ! 重文學に対する軽文学だろ! つまりラノベだろ!」
「ラノベ……、って、なんですか?」
「そこからかよ!」
なんかこの子と話していると楽しい。感情表現が豊かでおもしろい。リアクション薄っ! と、よく言われる自分としては、威張ったり、慌てたり、呆れたり、怒ったり、くるくる変わるこの子……。いや。先輩だから、この人か。ちょっと見習いたいくらい。
「ラノベっつーのは、あれだ。軽い小説のことだ。つまりは軽文学だ」
「さっきのところに戻ってきちゃいましたけど」
僕は部屋の中を見回した。どうも「小説」とかゆーものの話っぽい。文学がどうとか言ってたから。でも部屋の中を見回しても、特に本は置いてないっぽい。〝ラノベ〟とかいうものを読む部であれば、本棚の一つぐらいあってもおかしくないんだけど。
「真央。論より証拠というしね。説明するより、読んでもらったほうが早くはないかな」
「そういやそうだな」
「だけど、本、一冊もないみたいなんですけど」
「だからうちは読む部じゃないって言ってるだろ」
「じゃあどうやって読むんですかー」
「いま。書く」
「へ?」
先輩は、原稿用紙をずびっと引き寄せると、インクの出てくる見たこともないペンで、ずびびっ――と、いっぱい文字を書き連ねはじめた。
「あのー? なにをされているのでしょう?」
へんじがない。
「真央の執筆中の集中力は、私も一目置いていてね。きっと聞こえていないと思うよ」
黒髪の長い綺麗なお姉さんが、そう言った。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私は皇紫音。こちらはキララ。あと恵君とはもう知り合いだったようだね」
「知り合いというほどではないんですけど。隣のクラスなので……ええ、まあ一応は」
「これからよろしくお願いしますねー。四ノ宮君」
「ええ……、えっと。……はい」
……ええと? あれあれ? 「よろしくお願いします」っていうことは……。つまり?
僕、もう部活に入っちゃったことになってるー……?
小学生にしか見えない先輩は、せっせと〝小説〟を書いている。僕はコタツに座って、ぼーっと待つ。カップの紅茶がなくなると、三秒でおかわりが満たされる。なぜか僕が飲み終わるタイミングぴったりに砂時計の三分計が落ちきって、紅茶ができあがっている。
先輩は物凄い集中力で〝小説〟というものを書いている。僕に見せてくれる約束になっている。それを待つ僕は、こういう部活動もいいかなぁ。……と思いはじめていた。
それはとある雨の日のできごと――。僕が「KB部」に入った日のできごと――。
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