20「はじまりの日②」

 とある雨の日。傘を差して雨の中を帰るのが、なんとなく嫌で――。僕は旧校舎の通称〝部室棟〟を歩いていた。

 ここには文化系の部がひしめきあっている。木造の古い建物とはいえ、元は教室。かなりの広さを一つの部活で占有できる。

 こういうところで部活動をするのは、なんだか楽しそう?

 入学してから、これまでずっと、帰宅部の精鋭として活動を続けてきたわけだけど……。

 どうもクラスの中で僕だけが部活に入っていない。やりたいことが特にあるわけではないので、あまり気にしていていなかった。しかし少数派になることだけは避けたい。

 部室棟を見て歩けば、なにかやりたいことが見つかるだろうか――と、そんなわけで、どんな部活があるのだろうかと、廊下を歩いていたわけだった。

 次々、部室の前を通り過ぎてゆく。

「折り紙部かぁ……、女の子多そうだけど、折り紙とか、やったことないしなー」

「ねとげ部かぁ……、あれってなんか時間やたらとかかるっていうしー。ソシャゲ部だったら入ってもよかったんだけど……」

 つぎの部室には、毛筆で、なんかえらい達筆で「KB部」と書いてあった。

「KB部?」

 僕は立ち止まって考える。なんの部なの? ここ?

 そしたら、説明書きも書いてあって、「わが軽音部では、随時部員を募集――」と書いてあったので、疑問は解決した。

 そっか。軽音部か。ギターとか弾けるようになるのかな?

 ――とか思ってたら、「初心者大歓迎!」と書いてあるのを見つけた。

 それを見た瞬間、僕はがらりと戸を開いていた。

「すいませーん……? 見学とかできますかー?」

 開けたら、誰もいない。

 部室の中の様子も、軽音部……というのとは、なんかイメージ違う。

 なぜか部屋の真ん中に畳が何枚も敷いてある。「コタツ様」が鎮座ましましている。なんか異様にアットホームな感じの部室。古いものとかいっぱい置いてある。

 楽器がないのが、へんだなぁ? とか思いつつ、僕が部屋の真ん中まで歩いていった。

「すいませーん? だれかいませんかー?」

 とか言いつつ、僕はコタツにはまる。文字通り引き寄せられた。

 コタツって魔力があるよね~。はぁ……。暖かい

 部員の人たちはどこかに行っているっぽい。帰ってくるまで、コタツに入って待とうと思った、そのときに――。

「よし確保ーっ!!」

 急に声が響いて――。カーテンに隠れていた、ちっちゃな女の子が飛びついてきた。

 なんで小学生が高校の部室にいるの? しかもうちのガッコの制服着てるし?

 僕はわりとすぐに、その子が噂の「ロリ小学生先輩」だと気がついた。上級生に、まんまロリ小学生だけど、すごい美人の先輩がいるのだと。話題になっている。

「ちょ! なんですか、なんなんですか。背中によじ登るのはやめてください。あとなんで後ろ手でドアに鍵かけてるんですか」

 部室にいるのは、ほとんど上級生みたいだったけど。一人だけ、隣のクラスで見かける女の子がいた。「天使ちゃん」と有名な子で、名前も知ってる。「天使」って名字。これ冗談でなくてホントのこと。性格のほうも〝マジ天使〟だって聞いている。

「四ノ宮君……、でしたよねー? ようこそいらっしゃですー」

 そのマジ天使の女の子が、ニコニコ笑いながら、後ろ手で戸に鍵を掛けて、密室にしちゃってくれている。天使の曇りない笑顔なんだけど、ちょっとコワい。

「すまないね。うちの部の伝統でね。〝誰かが迷いこんできたなら、迷わず捕獲すべし〟という部訓があるんだ。――まあ紅茶と美味しいワッフルが出るから。話だけでも聞いていってはくれまいか」

 理性的にしゃべる頭のようそうな人がいた。よかった。この人は話が通じそう。

「聞きます。聞きます。――てゆうか。話を聞こうと思ってきたんです。――ここって経験者じゃなくて、初心者でもいいんですね?」

「もちろんだ! 誰もがはじめは初心者なのだ! 我が部はいつでも用意ができている!」

 合法ロリ先輩は、僕の背中によじのぼるのに忙しい。

 見た目はお人形さんみたいなのに、喋りかたは傲岸な感じ。ギャップがものすごい。

 てゆうか。なんで背中のぼるの?

「ギターって、教えてもらえるますか? ――僕、弾けるようになってみたくて」

「は?」

 片足を僕の肩にかけたところで、先輩はぴたっと固まった。

「おま? 入口にあった、部室名、呼んできた? なんて書いてあった?」

「軽部」

「軽部! だああぁぁ――っ!!」

 耳元で、すっごい大声で、怒鳴られた。耳の奥がかゆくなった。

 あー、なるほど。一文字読み間違えちゃったわけかー。

 僕は妙に納得していた。

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