19「はじまりの日①」
いつもの放課後。いつもの部室。
コタツで寝転んでいるタマが、ノートに向かってせっせとなにかを書いているので、僕は〝先輩〟として、ちょっと気になってしまっていた。
「ねえタマ。どんなの書いてるのー」
「センパイ。うるさいです」
「ちょっとだけ教えてよー。どんなのなのか。先輩にちょっとくらいは頼ろうよ。あとわかんなかったら、なんでも聞いてくれていいからねー?」
「だからセンパイ。うるさいです。書き終わったら見せるですから、黙ってWKTKして全裸待機してやがるです」
「いや、でも――」
「――うっせえよ。おまえ」
部長に言われた。
タマのことを気にしてあげていたのに、部長に叱られるカンジで言われてしまった。
「いやでも部長だって、僕がはじめて小説を書いたときには、色々、言ってくれたじゃないですか」
「それはおまえが書き上げてきて、読んでやったときだろ。私だって、おまえがはじめての小説を書きはじめたときには、黙って書き上げるの待っててやったんだ」
「あれ? そうでしたっけ?」
「そうだよ」
「そ、そうかもしれないですねー。ずいぶん前のことだから、忘れちゃいましたー」
「ふふふ……。あれは大変によかったね。真央がもじもじとしながら、我慢に我慢を重ねている様は……。うふふふっ。まさしく〝眼福〟と言わざるを得なかった」
紫音さんが言う。
部長は、かーっと耳まで赤くなっている。
「うっさい! 私だって口出すのガマンしてたんだから! おまえだってガマンしろ! するのー! じゃないと不公平だろ! わたしだけガマン損になるだろ!」
「我々創作者は〝モチベーション〟ものを重視すべきだと思うんだ。人にあれこれ言われてしまうと、書きたい気持ちがしぼんでしまうこともある。もちろん作品を人に見せて批判を受けることも大事なプロセスではあるけれど、それは書き終わってからのことだね」
紫音さんの言葉に、僕は感銘を受けた。
「ああ、たしかにそうかもしれないですねー。僕も、もし、最初に書いていた最中に、部長のダメ出しを食らっていたら、へし折れていたかもしれません」
「私は最初は褒めることにしているぞ? ――最初だけはな」
「そうですね。すごく有り難かったです。最初から出力全開でやられていたら、僕、泣いて逃げ出していたかもしれないですよー」
「ええっ! ウソぉ! そんなに!? そんなにオレ、強く言っちゃってる!?」
「ああはい。ウソです」
「……誰かこいつのザブトン、全部取れ」
自分が間違っていたとわかったので、タマに謝ることにした。
「ごめんね。タマ」
「タマそんなにメンタル豆腐じゃないですから、べつに平気ですよ。ただうるさくてウザイってだけです」
メンタル強いっていうそれは、強がりじゃなくて本当なんだろうなー、と思ったり。
「そういやキョロ。おまえ来たとき。ずいぶん長いこと〝部活動〟してなかったよなー」
「あれちょっと待ってください。こんど僕のターンなんですか? 僕の昔話とかは、いいですよ、やめましょうよ、キケンですよ」
「なぜ人は他人の噂話をするのか! なぜならそこにキケンがあるからだ! 人のキケンは蜜の味――ってな!」
「はーい。紅茶入りましたー」
恵ちゃんが超能力で、まさしくこのタイミングに、人数分の紅茶を完成させている。
紫音さんも綺羅々さんも、創作活動を中断して、コタツの一面でスタンバイ。タマだけがうつ伏せになったまま執筆続行。ケーキが出てきても戻ってこないとか、すごい集中力。これで書くものが面白かったら、タマには凄い才能があるってことになるんだけど……。
部長が、綺羅々さんの膝の上に〝抱っこ〟された。これが全員でコタツに入るときのポジション。恵ちゃんは前は僕の隣に座りにきていたけど、天上界の生物は、足をくっつけることに〝恥じらい〟を覚えてくれて、いまではタマの隣。
草食系とはいえ、いちおう健全な男の子的には、残念だったやら、ほっとしたやら。
「センパイって、ギター弾きたかったんですか?」
タマが執筆を続けながらそう言った。すごい器用。あれ僕は絶対にムリ。会話しながら小説書くとか、絶対にできっこない。
そしてタマの言う内容のほうに、僕は〝ぎくり〟としていた。
それは最もデンジャラスな内容。ピンポイントで急所を狙ってくるタマに戦慄をする。
「よし。じゃあ、そこからだな……」
部長がいかにも楽しげに、うっしっし、という顔をする。
僕は即座に諦めた。諦めの早さだけには自信があった。ああ、うん。紅茶がおいしいね。
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