18「部活帰り③」

 見知らぬ天井。見知らぬ室内。

 なんで僕ここいるんだろ? と思いつつ、広いリビングのふかふかのラグのまんなかで、一人ぽつねん、と座っていた。結局、断りきれずに、家に上がることになってしまった。

 あ、そうだ。――と、スマホを取り出して、LINEで妹に「今日ちょっと遅くなるからー」と入れておく。既読がついたのを確認して、ポケットにしまおうとすると――。

「ひとんちに来てまで執筆か。感心だな」

「いえ遅くなるって家に連絡を――って」

 リビングに下りてきた部長は、私服に替わっていた。はじめて見る……気がする。

「なんだ? どうした? ジロジロ見て?」

「いえ。私服姿って、はじめて見るなー、って」

「そりゃガッコで私服になんて、ならねーし」

「JSルックじゃなかったんですねー」

 蹴りがきた。蹴りっく蹴りっく。スカートでなくてショートパンツなので、蹴りっくしてきても、安全かつ安心。

「部長、ローキック上手ですねー。昔なにかやってたんですか?」

「バレエやってたからなー、ちっちゃいころ」

 なぜにバレエ? なにか格闘技でも? ――という意味で聞いたのだけど。バレエってキックと関係あったっけ? ないよね?

「わたしもやってたんですよー。お姉ちゃんと一緒に。バレエ」

 恵ちゃんもやってくる。たてセタを着込んで、ガッコとは別の女の子に見える。あのセーター。手編みなのかな?

「おねえちゃんといっしょに、あたちもやるー、って、なんでもついてくるのだ。メグは」

「あとでアルバム見ますかー? わたしちっちゃいですよー。お姉ちゃん昔は大きかったんですよー」

「小学校の二年まで! 列のイチバン後ろにいたのだ!」

 部長がフンとばかりに胸を張る。そこは部長にとって輝かしい過去であるらしい。

「お待たせいたしました。お茶でございます」

 森さんがトレイを手にやってきた。

 京夜は飛び跳ねるように正座になった。

「森さんはメグの師匠だからなっ!」

「まだまだ森さんみたいに美味しく淹れられなくてぇー」

「わたくしはまだまだ。恵様にはあと五〇年ぐらいで追い越されてしまうと思いますよ」

「うわぁ。じゃあおバアちゃんになるころには、勝てますねー。ファイトですー」

 他人の家にあがるといつもそうなんだけど。人んちのジョークって、突っこめばいいのか笑えばいいのか、困るときがある。

 森さんのお茶はたしかに美味しかった。恵ちゃんのお茶よりも上かどうかは、自分ごときの舌にはわかるはずもない。美味しいということだけしかわからない。

「ところで四ノ宮様――、お魚とお肉と、どちらがお好みでしょうか?」

「え?」

「お夕食のメインディッシュの話ですけれど」

「あっ――いえいえ! そんな夕飯までいただくわけには――帰ります! 帰ります!」

「えー? 京夜くん、帰っちゃうんですかー? アルバムはー?」

「おいキョロ。おまえが帰ったら、うちのごはん、ごちそうにならんだろ。普通のごはんになっちゃうだろ。帰るのは禁止だ」

「いえでもー。ごはんをいただくなら、夕飯いらないって伝えないとー」

「じゃ言え」

 LINEで妹に「お夕飯、いただいてくからー」と入れて送る。さっきの返信で「友達って誰! 女の子!?」とか返ってきていたが、そこは見なかったことにして、用件だけを送ったらポケットにしまっておく。

「フィッシュ、オア、ミート?」

 森さんにそう聞かれる。発音がネイティブだ。

「お肉! お肉! お肉! 肉って言えーっ! カイン!」

「僕はキョロであってカインではありませんが。ええと、じゃあ、お肉で」

「かしこまりました」

「やったぁ!」

 部長が喜んでいる。べつに部長に喜んでもらうためにお肉を選んだわけではないけど。部長は喜怒哀楽の感情が本当にはっきりしているから、見ていて楽しい。

「よし! 褒美をとらす! おまえに特別に〝部長〟と呼ばないでよい権利をやろう!」

「え? 部長じゃなかったら、なんて呼べばいいんですか?」

「名前で呼べよ。呼び捨てでいいぞ。だいたい。わたし。家にいるときゃ、部長でないし」

「え……? いや、ちょ……、それはハズいですよ」

「なんだ? メグのやつは名前で呼んでて、わたしは呼べんと? それは差別か?」

 天使家での、ふわふわと楽しい時間が過ぎてゆく。

 結局、この日は、夕飯のあと、〝お泊まり〟までしてゆくことになった。夕飯を断れなかった僕が――〝お泊まり〟を断れなかったのは、いうまでもないことだった。

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