17「部活帰り②」
「部長。冗談はやめてくださいよー」
部長の指は、大きなお屋敷を指し示している。
僕はその指の指し示す方向を、じーっと観察した。
案の定、お屋敷とは、ちょっとずれがある。指が指し示す方向は、実際には隣の普通の大きさの家である。つまりこれは単純な引っかけだ。悪いけれど僕は、そんなトリック引っかかってあげられるほど純真ではないのだった。
「うん? なにが冗談? なんでこんなことで冗談いうんだ? ――ほら、表札にだって書いてあるだろ。〝
「ほんとだ!」
僕はびっくりした。隣の家の人の名字が偶然にも同じである確率は――ッ!?
がちゃりと、お屋敷の玄関ドアが開く。誰か家の人が出てきた。芝生の上の踏み石づたいに歩いてきて、玄関を開けにこちらに向かってくる。
庭。広いなぁ。何十秒も待つ感じ。宅配便屋さん。大変だなぁ。
歩いてくるのは、黒い服に白エプロンをつけた綺麗な女性だった。お母さん……にしては、ちょっと若すぎると思うんだけど?
「あら。お客さまですか」
門を開けながら、彼女は言う。
「ああ。送ってくれたんだ。うちの部員のキョロだ」
「いや部長。そこはせめて本名で言ってくださいよ。――四ノ宮京夜です。部長……ええと、真央さんと恵さんには、いつもお世話になっています」
一礼してから、顔をあげる。
近くまでやってくると、黒いその服が、メイド服なのだとわかる。
なんと。彼女は。――メイドさんだった!
そしてこれはたぶんコスプレなどではなくて、本物の正真正銘のメイドさん。部長の家はメイドさんのいる家だった!
「はじめまして。四ノ宮様。天使家の侍従をやっております。森と申します」
すごく品のある仕草で、彼女は――森さんは、深々と頭を下げる。
本物のメイドさんに会ったことも、〝様〟なんて付けて呼ばれることも、もちろん人生ではじめての体験なので――。頭の中が蒸発しちゃったみたいで、なにも考えられない。
「いつも真央様と恵様から、四ノ宮様のお話は、よく伺っているんですよ。四ノ宮様のお話をされるときのお二人は、本当に楽しそうにされていて――」
「ちょ、森さん! それ内緒でっ!」
「はぁ。……いえ。僕こそ。部長たちにはお世話になりっぱなしでー」
「あと、それと……、こうでしたね?」
――えっ?
森さんが、その場で、くるっと一回転した。
メイド服のロングスカートが、ふわっと広がった。
僕はぽかーんと、それを見つめていた。
「おいコラ!? うちのメイドさんを勝手に回すな!」
部長にローキックを食らって、正気に返る。
「えっ? いやちょ――!? 僕なんにも言ってないですよ! いま森さんがくるりんって自分で回って――!? 痛い痛いマジ痛い。加減してくださいよ。キックだめ! キックあぶない! スカートでキック! ほらあぶないっですってばー!」
「うるさい、うるさい! そんな強く蹴ってない! この! このこのこのこの! だから殿方はこれだから油断も隙もないザマス!」
「誤解ですって濡れ衣ですって冤罪ですって! せめて弁護士を呼んでください!」
「うふふっ……」
森さんが口元を手を隠して――笑っている。
ぽーっと見てたら、部長のキックが太股に入った。ガードしてなくて、まともに入ってしまった。痛たたたたた……。
「あ……。ごめ……。そ、そんな強く蹴ってないぞ?」
「部長……。暴力ヒロインは嫌われるって僕に教えてくれたのは、部長ですよー?」
「オレがいつヒロインになったよ? 何時何分何秒だよ? 〝攻略不可〟って、書いてあんだろ、ほらここに!」
森さんはまだ笑っている。もっと笑っている。ちょっと呼吸困難なくらいに笑っている。
そんなに面白いのかな? 面白いんだろうな。部活のときのノリそのままだもんね。家にいるときの部長とは、ぜんぜん違って見えるんだろう。うちの霞も、家の中で「ワガママな妹」をやってるときと、表に出てて「四ノ宮さん家のいい子」でいるときとで、まったく別人になってるしね。
「ま。なんだから。――ちょっとあがってけ」
服を直し、髪を直し、部長がそう言う。
「いえ。お邪魔ですから、帰りますよ」
「森さんにウケてるから、あがってけ。――な。お茶くらい出るよな? 森さん?」
「ええ。もちろんです」
森さんに微笑みかけられて――決心が揺らいだ。……どうしよう?
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