16「部活帰り①」

 いつもの放課後。いつもの部室。

「あれ? もうこんな時間じゃん」

 部長のつぶやきが聞こえて、僕は顔を持ちあげた。

 さっきまで窓から西日が差しこんできていて、まぶしいなー、とか思っていたのに、もう窓の外は薄暗い。

 時計を見よう……と思って、なんと、部室のどこにも時計がないということを、いまさら発見してしまう。

「いま何時ですかねー?」

「スマホみろ。カス」

「カスはひどいと思います部長」

「これはググレカスのバリエーションなのだ。ぜんぜんひどくないのだ。人にスマホを取り出させて時間を報告させようとするおまえのほうが、はるかにひどいのだ。まさにカス・オブ・カスの称号にふさわしい」

「なんか、だめな感じの称号、いただいちゃいましたー」

「日没は過ぎているから七時は過ぎていると思うよ」

「紫音さん。パソコンに時計って出てないですか? 右下のほうに、ほら」

「おいカス・オブ・カス様。いいかげん人に確認させようとするのをやめて、おまえのスマホを取り出したほうが早いんじゃないのか?」

「僕はカス・オブ・カスなので、あくまでも人にやってもらう方向でいきたいと思います」

「七時七分でしたー」

「あー、こらメグ。教えちゃだめだってーの」

「だめなんですかー?」

「空気よめ」

「恵ちゃんマジ天使」

「なにか褒められちゃいましたー」

 皆で馬鹿なことを言っているあいだに、帰る準備が、着々と進んでいる。

 皆の創作ノートをコタツの上にまとめる。カバンに私物をしまう。いちばん時間がかかったのは、パソコンを落としている紫音さん。なにやら聞くところによると、「ファイルを閉じる」とか、「スリープにする」とか、きちんと手順を踏まないと、書いたものが消えてしまうこともあるそうだ。

「けけけ。パソコンって不便だなー」

「うん。べつにパソコンを使わないでいい理論武装は必要ないよ。〝私はパソコンなんて使わない〟と、そう明確に言ってくれればいいんじゃないかな」

「な? こいつ? イヤなやつだろ? イヤな女だろ? 幼なじみを十年もやってるこの私を、おいキョロ、ちょっと褒めろ」

「はじめに出会ったあれは十歳の時だったから八年ではないかな。正確には八年と一ヶ月と一七日と二二時間くらいかな」

「な! こいつイヤなやつだろーっ!?」

「はじめて出会ったのは、あれは真央の誕生日パーティだったね」

「おまえ……、ちょっといいやつ」

 僕はくすくすと笑いながら、部室を出た。

 校門のところまで行くと、一人のカッコいいイケメンの男の人が立っていて――。

「ああ。兄だ。――それでは、私はこれで」

 紫音さんは、お兄さんのお迎えつきで帰って行った。

「るる。キララは。こっち――」

 最初の分かれ道で綺羅々さんが別れてゆく。タマもそっちに歩いて行った。

「また明日なー」

 部長がぶんぶんと手を振る。そして残った僕の顔を見上げてくる。

「おまえもこっちなんだな」

「部長たちのうちって、どのへんですか?」

「三丁目だぞ」

「あ。割と近かったんですね。じゃあ送っていきますよ」

「おや? 送り狼がついてくるザマスわよ? ――奥様?」

 話を振られても、このノリがわからないのか、恵ちゃんは、ぽーっとしたまま。

「恵ちゃん。恵ちゃん。――ほら出番」

「あ。はい。えとえと。……送りオオカミって、なんでしょう?」

「解説を求められると、一気に素に返ってしまうな。これは。だめだな」

「ほら部長。天上界の生物に、きちんと説明してあげてくださいよ。いったい僕が、なんなんですって? 部長たちを送っていって、どうするつもりなんですって? ほら、はっきりとわかるように、口に出して言ってみてください」

「キョロがベッドヤクザしてくる。GJ部のキョロはあんなに小動物だとゆーのに。こいつウサギはウサギでも、猛獣のほうのウサギだな」

 部長と恵ちゃん――二人が、ぴた、と足を止めるので、僕は思わず行きすぎてしまった。

「ここが。うちだ」

 そこは、でっかい塀に囲まれた、大きな家――というか、屋敷と呼ぶべき豪邸だった。

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