E05「エルマリアさんという人」

「汝、すべての罪を告白しなさい。神様はじつは聞いてなんかいませんが、代行者であるシスターの私が聞いています。そしてすべてを許します。神様はじつはぜんぜん気にしていないので、問題ないです、オッケェです」

 カインは教会の片隅にある〝懺悔室〟の小さなボックスに入っていた。木の格子越しに、向こうに座る女性と話をする。この〝懺悔室〟は、聖職者の人に話を聞いてもらって、すっきり――じゃなくて、罪を後悔するための場所だった。

「今回の冒険でも、生き物をたくさん殺してきました」

「それは食べるためですかー? 愉しむためですかー?」

「食べるためです」

「なら。ぜんぜんオッケェです。神様はこう申しております。スタンド・アンド・ファイト。勝ったら、食ってよし」

 ああ。そうなんだ。――カインは安心した。

 ちょっとダンジョンの生態系が狂うくらい、食べ尽くしてきちゃったんで、気になっていたんだよねー。

 どうも〝聖職者〟っていう人たちは、堅苦しいことしか言わなくて、あれしたらだめ、これもだめ、ああしなさいこうしなさい、と、言ってくる人たちばかりだと偏見を持っていた。それで村にいたときにも教会にはあんまり行かなかったんだけど……。

 だけどここのシスターのエルマリアさんは、わかりやすく説明してくれる。

 それに「神様の言葉」は、他の聖職者の人たちだと、「絶対の絶対」で、否定するどころか、疑いを持つことさえ絶対禁止なんだけど――。

 シスター・エルマリアの話だと、意外と柔軟。「神様そんなこと言ってないですよー」で、意外とあっけなくひっくり返る。すべての堅っ苦しい教義が、ちゃぶ台返しになる。

 なぜ彼女がそんなふうに、まるで直接聞いてきたかのように、「神様はこう言ってましたー」と言うのは、それは直接聞いてきたからだ。

 なぜ直接聞いてきたのかというと――。これは、カインたちGEグッドイーターの面々だけの知る〝秘密〟なのだが、シスター・エルマリアは、じつは、元女神様、、、、なのだ。

 この話をはじめて聞かされたとき、カインは、まったく驚かなかった。うちのパーティには元勇者と元魔王がいる。元女神様がいたって、驚くことは、なにもない。まったく驚いてあげられなくて、カミングアウトしてきた彼女を落胆させてしまったくらいだ。

「そういえば、なんで女神様から人間に落とされたんでしたっけ? なにか失敗でも?」

「いいえー? なにもー? 神様ってば、ひどいんですよー。『おまえは人間に肩入れしすぎる! そんなに人間が好きならば、一度、人間になって地べたを這いずりまわってこい!』 とか、突然キレて怒り出しちゃってー、それで、羽も輪っかも取り上げられて、地上に落とされちゃいましたー。人間さんの寿命って? 80年くらいですよね? それまで天界に戻れないんですよう。いきなりキレる神って、いやですよねえ」

「いきなりキレる人にも困りますね。そこは神様でも人でもおんなじですね」

 なるほど。了解。つまり職場の上司運の話だった。非常によくわかる話だった。

「だけど……。女神様、だっていうことには驚きませんでしたけど。女神様、だっていうことには、やっぱりなぁ……というか。なにか、納得できましたけど」

「え? なんでですか? 私、なにか変でしたか? 人間さんのことは、いつもよく見守っていましたので、色々詳しいと思うんですよ。転生させたあとに〝見守りサービス〟というのがつきまして。いつも(既読)つかなくて(未読)のままなんですけど」

「神様のお仕事の話は、僕にはよくわからないですよー。既読? 未読? ……まあそれはおいといて、僕が言っているのは、エルマリアさんは、前々から天使みたいだなーって思っていましたが、そしたら天使じゃなくて女神様だったんで、やっぱりって感じでした」

「はい? どのへんが、天使なんでしょう? どこでバレちゃっているんでしょう? 輪っか……? ないですよね? ぱたぱたって、羽もないですよ?」

「うーん……、なんていうのか……。説明が難しいんですけど……」

 彼女の場合、人間であれば当然持っている負の感情を、落っことしてしまっている。

「……ほら。怒りとか。嫉妬とか。強欲とか。七つの大罪っていうじゃないですか。あとなんでしたっけ? ああそうだ、色欲――ああっ! いいえ! なんでもありません!」

 色欲は、これは本当に、エルマリアさんとは関係ない。ないったらない。

「……そうだ。そろそろ教会閉めてお店に戻りますが。カインさんはどうしますかー?」

「あっ。僕も行きます。〝腹ぺこ赤竜亭〟にちょうど行くんで」

「じゃあ、一緒にまいりましょー」

 シスター・エルマリアは教会のドアを閉めると、カインの前に立って歩きはじめた。

 彼女は教会の運営費を稼ぐため、平日の昼間は「腹ぺこ赤竜亭」でウエイトレスのアルバイトをやっている。そのミニスカートのひらひらの服で、前を歩く。休み時間のあいだだけ、シスターに戻るわけだが。

「うん? どうしましたー?」

「いえ。なんでもないです。ぜんぜんないです」

 歩くたびにひらひらと動く、短いスカートの裾とか膝裏とかを見つめていただなんて、言えっこない。エルマリアさんって、ほんとうに、こういうところが、天使あるいは女神なんだよねー。ミニスカ・ウエイトレスのカワイイ格好で、平然と職務をこなすシスターなんて、たぶん、彼女一人だろう。マジ天使。いや。マジ女神だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る